「反逆の星」


 最初、表紙の紹介文に「…ミューラー国の王子ラニックの胸がふくらみはじめてしまった。…」とあるので、ジェンダーものかと思った。だが、主人公ラニックは、女性のふりをすることはあってもアイデンティティは揺るぎなく男性である。考えてみれば、オーソドックスな家族、ことに父親を重視するカードだから、それを根底から覆しかねないジェンダーものは、あまり踏み込みそうにないジャンルである(あったら読んでみたい気はするが)。

 原題名"Treason"…トリーズンは舞台となる惑星の名前。その名の通り、かつて「共和国」に反逆した者たちの流刑の星である。金属資源が皆無のこの星では脱出のための船を造ることができず、「アンバサダー」という物々交換機で「共和国」と取り引きすることで必要な鉄を手に入れなければならない。この「共和国」の存在が詳しく描かれていれば、話はずっとSF色の濃いものになるのだが、物語は惑星トリーズンだけで完結している。SFというよりはファンタジー、ないし寓話である。
 また"Treason"はラニックの運命と決断も表す。惑星脱出の望みの綱であるアンバサダーを破壊することでラニックはトリーズンの人々に反逆する…それがトリーズンを救う道だったとは言え。同時にそのための手段として殺人を忌み嫌うトリーズンの大地に大量殺人を犯させることで、ラニックを信頼し力を与えた大地とその術を教えたシュウォーツ族に対しても反逆者となるのである。「世界を救った主人公がそれによってより多くの苦痛を背負い込む」というのはカード作品の基本パターンだが、「反逆の星」はそれがもっともはっきり顕れるものの一つだろう。
 ラニックはシュウォーツ族の助けで「岩」を…「地脈」を、と言った方がピンとくるが…味方につけ、ク・クウェイ族からは時間の早さをさえ操る能力を得る。しかもその力を使ってトリーズンの運命を自分の意志で決定してしまう。いくら彼自身が「人間だからこそできることです」と言っても、そんなことを平気でやれる存在は神か、さもなくば怪物である。
 それでもなおラニックを人間たらしめているものは、彼がそれに感じている苦痛だろう。「苦痛は人間性の証である」、これもカードがしばしば盛り込むメッセージである。

 …しかし、苦行僧でもあるまいし、そういう人間性の問われ方はなるべくごめんこうむりたいものだが。 

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