海の家の法事

「ああ やっぱり海の家はいいわね。余計なものをつけなくてすむし。」
母はそういうと、早速テラスから海に入った。父や兄、伯母夫婦やいとこ達も続く。
「自然な潮の具合がたまらないよ」と父。
「何言ってんだい。本当の海はこんなもんじゃないよ。」
祖母はいつも父に手厳しい。五十年前の世界大戦で、この星の環境は壊滅的な打撃を受けた。特に海は全く生物の生存を許さなくなり、この海の家が面しているのも人工的に海を再現した湖なのだ。けれど私は普段家で慣れている水のほうが好きだ。「海」の水はちょっと怖いような気がする。こんなことをいったら祖母にしかられるが。

 今日は祖父の法事のために皆集まった。遠い祖先が海辺から発祥した私達の一族は、法事を海辺でする。久しぶりに祖母、伯母夫婦、十歳年上の従姉、その双子の弟たち、両親、兄、私の総勢十人が集まり、近況報告やら親戚の噂話で賑やかだ。人工の海は数少ないから私達全員の海の家滞在許可を得るため大人達は苦労したらしい。しかし法事は海辺で行うというのはまだまだ尊重されている習慣なのでなんとか工面できたのだ。海の家に来るのはめったにない楽しみなので、皆少しうきうきしている。

 今日の話題の中心は、宇宙開発機構に勤めている従姉だ。宇宙開発機構は太陽系の他の惑星はすでに調査し終え、ついに太陽系外に探査船を送り出そうとしている。従姉は技術スタッフの一人で内輪話も交えていろいろ教えてくれる。
「海を離れた私達が、今度は空の果てまで行こうってのかい。」
祖母はいかにも感心しないふうに頭を振っている。
「太陽系のほかの星にはほとんど水がなかったのよ。私達には海が必要よ。探査船はきっと海の星を見つけてくるわ。すでにいくつか有力な星が特定されているから、きっと見つかるわ。」と従姉。
「毎日、海辺で暮らせたら、こんないいことはないわ。」母と伯母が言う。
「すぐに移住が可能かどうかはわからないのよ。」
「宇宙船では水はどうするの。」
「宇宙船の中央に巨大な浄化水槽があるの。」
「さあ、法事を始めるわよ。皆並んで。」

 死者を悼む詠唱が始まった。
「…死者の魂が平安なる深みに永久に安らわんことを…」
 私達の天国は海の深みにある。戦争前には、流氷の海で子育てする原始的な亜種もいたそうだ。赤ん坊を食べにくる天敵が近づけなかったからだ。唯一泳いで襲ってくる北極熊を避けるために赤ん坊は生後数日で海に潜ることを教え込まれたという。海は私達の生きる場なのだ。私達あざらしに新たな海の星が見つかりますように。        (了)


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