SF名文句・迷文句第9集

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「きみたちは、ぼくを袋叩きにしようと考えているのかもしれない。おそらく、かなりひどくぶちのめすこともできるだろう。でも、これだけは憶えておいてよ。ぼくを傷つけようとする連中にぼくがどんなことをするのかは。さっきからきみたちは考えているんだろ、いつ、ぼくがきみたちをやっつけるのか、そして、どんなにそれがひどいことになるかって」

 出典: オースン・スコット・カード「エンダーのゲーム」(野口幸夫訳)

紹介 :miu 様
HP :

コメント:
 この後にエンダーは、スティルスンの顔面を鼻血が地面に飛び散るほど蹴ります。そして、「こんなひどさじゃあるまいね」「もっとひどいだろう」と付け加えます。
 カードは、子供が持つ凶暴性をここで書いてるんでしょうか?子供って、実際・・・ものすごく凶悪的な部分をもともと持ち合わせてるように私は思っています。だから、この部分には納得させられた気がします。
 でも、エンダーはこの後泣くんですよね。人間って成長過程で、陰と陽を身につけてるんだなぁ・・・って思いました。

駄弁者:
 しかし、このエンダーの残酷さは、完全に意識してやっているという点で、普通の子供のそれとは質が違うのではないでしょうか。
 そして意識しているやっているからこそ、自分もまた傷ついてしまう。そんなところに彼の悲劇があるのだと思います。
 この先、その悲劇は拡大して繰り返されてしまうわけですが。



「エンダー、かわいそうに、かわいそうに、どんな気がするものなのかわかってるんだ。かわいそうに、ぼくはおまえの兄貴なんだ、愛しているよ。」

 出典: オースン・スコット・カード「エンダーのゲーム」(野口幸夫訳)

紹介 :miu 様
HP :

コメント:
 いつもは、エンダーに冷たい兄が眠っているエンダーにこぼした本音ですね。
 物語の本当に前半でこの台詞が出てくるんですが、私は、始めっからこの台詞に涙してしまいました。こういうのに弱いんです、私・・・。

駄弁者:
 私としてはこのセリフ、どう位置づけていいのかちょっと戸惑いました。ここのほかでピーターがいわゆる「兄」らしい言動をするところがないので…。
 この時点ではピーターはエンダーもバトル・スクールに選ばれなかったと考えたんでしょう。それで同じ立場の人間として共感を示したのですが、案に相違してエンダーは選ばれた。ピーターは裏切られたと感じたのではないでしょうか。…エンダーからしてみれば、逆恨みなのですが。
 このことがピーターに<覇者>への道を歩ませる一因となった…というのは、ちょっと凝りすぎた見方でしょうか。



「さあ、諸君、勝とうが負けようがともに叫ぼうではないか。われわれは決して粛然と闇に消えたりはしない!抵抗もせずに滅びてたまるものか!当然の権利を護りぬくため、勇猛果敢に戦い、最後のときにあっても、昂然(こうぜん)とこうべをかかげていよう!」

 出典: デブリン&エメリッヒ/スティーヴン・モルスタッド「インデペンデンス・デイ(小説版)」(酒井昭伸訳)

紹介 :W^2 様
HP :

コメント:
 「インデペンデンス・デイ」での名文句は、司書の駄弁者様ご本人が,第1集で取り上げられているが、これは小説版での大統領演説から。
 このセリフのあと「そして、もし戦いに勝利したなら〜」と続いて、さいごに例の文句でしめくくるわけである。異星人への大反攻前に義務感から力づけの言葉をしゃべっていたホイットモア大統領が、話しているうちに言うべきことを見出していき、だんだんと自分の発言に「ノッて」いくところが実にいい。劇中とはいえ、こういうセリフ・シチュエーションがにあう国家の代表ってやっぱりアメリカ大統領しかいないなぁ。
 しかし、このセリフって西部開拓時代のネイティブ・アメリカンの心境そのものなんじゃないか?

駄弁者:
 そりゃまあ、どこぞの冷ピザ首相が同じこと言っても誰も燃えないでしょうが。
 しかし、映画でこのセリフを聞いて素直に感動してしまうアメリカ人は、なんとなく恐いと思います。



「私の叔父マルキーは、大帝レトは決して祈りにお答えにならないと、いつも言ってましたわ。かれはこういっていました。大帝レトは、祈りというものを、無理と知りながら強制することだと見なしておられるのだ、と。人の選んだ神に対する暴力の一形態であり、不滅の存在に何をしてくれと告げることだ、と……“奇跡をお与えください、神さま、そうしてくださらなければ、私はあなたを信じません!”と。」

 出典: フランク・ハーバート「砂漠の神皇帝(DUNE第4部)」(矢野徹訳)

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 同じ作品から連続となってしまいましたが、先の“神”の御言葉を引用したフウイ・ノレエの台詞です。この見解からすると日本人のよくやる“困ったときの神頼み”は最低の行為かもしれませんね。
 神はただ神である故に崇拝されるというところでしょうか。確かに信仰体系としては素晴らしいかもしれませんが、こんなドグマを受け入れる人はもしかして・・・・
 先の狂気はこれによるものでしょうか?

駄弁者:
 まあ、私のように神社に詣でるのは初詣だけ、それでもしっかり1年分の願い事はする、というのは論外でしょうが。それでも神と人間の関係というのは、「契約」が基本なのではないでしょうか。普通なら、誰にも信仰してもらえない神は、「神」であることすら危うくなります。信仰の代わりに望むのが現世の利益にしろ、来世の幸 福にしろ、とにかく何らかのギヴ・アンド・テイクが成立しているはず。
 だかこの場合、またしても神が実在してしまっているのが問題ですね。信じようと信じまいとレトは超常の存在なのですから。



「あなたは気が狂っているわ!」
「たぶんな。だがわしは神に仕えておるのだ。」

 出典: フランク・ハーバート「砂漠の神皇帝(DUNE第4部)」(矢野徹訳)

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 シオナによる“ウェルベック未完遺稿”の一部ということです。
 果たして狂気ゆえに神に仕えるのか、神に仕えるゆえに狂気に陥るのか。難しいものです、殊に“神”と呼ばれるものが現実に存在している場合は。どちらかというと、神に仕え、その無限に触れると有限の人間に狂気を呼び起こすと取れそうな気もします。
 しかし、神を“神”として認めた時点で既に狂気を孕んでいる気もするのです。

駄弁者:
 デューンも第4部となると、元祖「砂の惑星」よりはるかに未来の話になってます。ここの「神」がなんなのか、言うとネタバレなのかもしれませんが、どうせ本が品切れで読もうと思っても読めないので別にいいでしょう。「砂の惑星」の主人公だったポウル・アトレイデの息子、レト2世です。ちなみに彼は第3部で人間やめてしまってます。
 それはともかく。
 狂気、というのは現在では精神病と同義になっていますが、本来はもっと広い範囲の何かを指すものだったのでしょう。旧約聖書の預言者たちやキリスト自身、ジャンヌ・ダルクが持っていたものも「聖なる狂気」ですね。
 だから狂気が問題なのではなく、この場合、狂気が向けられる対象たる「神」が実在してしまっているのが問題なのでしょう。 



「愛の反対は憎悪ではありません」ゆっくりと言う。「無関心です」

 出典: フランク・M・ロビンスン「宇宙船ジョン・B号の謎」(米村秀雄訳) ハリスン&オールディス編「ベストSF1」に収録

紹介 :司書の駄弁者
HP :

コメント:
 完全自動の宇宙船。乗組員が協力して何事かをする必要は一切なく、プライバシーも完全に保たれている。そのような環境の中、いつしか乗組員たちは現実感を喪失し、宇宙船の<外>へ――死へとさまよい出ようとする…。
 故意に船を窮地に追い込むことによって辛うじて宇宙船を生還させた船長が、港湾長に語った言葉がこれです。
 乗組員わずか10人の宇宙船が舞台の話。ですが、人間を必要としない環境、密着するほどそばにいるのに無関心な隣人、そして孤独――とくれば、これは私たちの住む都市のことに他なりません。

追記(2002.10.7)
 power_of_math@yahoo.co.jpさんから、このセリフはノーベル平和賞のマザー・テレサの台詞ではないかというご指摘がありました。東京で講演をしたときのもので、かなり有名な言葉らしいのですが、知りませんでした(…不勉強)。ロビンスンがそれを踏まえて使ったのどうかは分かりませんが、宇宙船と惑星、規模は違えど本質は変わらないのかも…。



「真実をありがとう。」

 出典: A・C・クラーク原作  P・ハイアムズ監督「2010年」

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 最近長いものが多いので、短いものを送りました。映画版のみの台詞だったと思います。
 チャンドラ博士がHALに人間たちが助かるために、HALとディスカバリー号が犠牲にならないといけない事を告げたときのHALの返答です。
 アシモフのロボットなら人間の安全(第一条)は自己防衛(第三条)に優先するのですが、HALはあの名台詞「I’m afraid.」にあるように自己の消滅に対し恐怖感があるのです。それでもなお、人間を救うために犠牲になると言い、この台詞です。
 「2001年〜」でも人間的な台詞が多かったのですが、ここにきてHALは人間性を会得しデイブと同等になったように思えます。
O・S・カードの作品っぽいコメントですがなんとなくそう思いました。

駄弁者:
 おお、久しぶりに簡単明瞭な名文句。
 そうですね、ただのコンピュータだったら事実は単なるデータにすぎないのであって、それを知ることについて感謝したりはしないでしょうから。
 それにしても、映画「2010年」は見たことないですが、面白かったんでしょうか?クラークの作品だから絵的に非常に映えるだろうとは思うんですが。



「光のスピードより速いと科学でわかっている唯一のものは、うるさい婆さん連中の噂話なんだよ。」

 出典: ロバート・A・ハインライン「落日の彼方へ向けて」(矢野徹訳)

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 ハインラインの遺作ですが、この作品はタイム・トラベル+パラレル・ワールドでして、これは時間線2の1897年のアイラ・ジョンソンの台詞のはずです。(時間線2はいわゆるハインラインの<未来史>の世界です)
 「3001年〜」ではモノリスですら光速を突破できないのに・・・・恐るべし、老人力!(だいぶニュアンスが違うような)

駄弁者:
 老人力…? いや、力の源泉は年齢ではなく性別の方だと思いますが。
 女性陣の情報ネットワークというのはコワいですよ…いやまったく。



「ちがう!断じてちがう!あなたの力だ!あれが奇跡なら、あなたが起こしたのだ――あなたは、人が神の助けがなくても奇跡を起こせることを、示されたのです。」

 出典: 秋山完「ペリペティアの福音」

紹介 :屋良一 様
HP :

コメント:
 ヤングアダルトもOKということなので朝日ソノラマ文庫より一言。
 全銀河を席巻する聖戦を起こさんとする女帝を暗殺するために、即位式典が行われる惑星ペリペティアに奇襲をかけようとする数千隻の艦隊、その生還確率10%!そして、惑星上には式典に出席するために集まった軍艦・民間船があわせて3万隻!恒星をバックに襲い掛かる艦隊にいち早く気づいた軸先舵手フレン(9歳の少女)は、3万隻もの船を退避軌道に誘導しつつ、襲撃艦隊に女帝が暗殺されたことを(手旗信号で)連絡。さらに、奇襲作戦を中止した艦隊が、一隻たりとも傷つかないよう、針穴のごとく狭い脱出軌道に誘導した。
 犠牲をほとんど出すことなく世界戦争をふせいだのだ。だが、その代償としてフレンは視力を失ってしまった。視力を失い操舵手の仕事ができなくなったフレンに対して、襲撃艦隊の司令官ケルゼンが治療費や(学校で技術を身につける必要があるので)授業料を負担しようと申し出たのを「自分のやったことじゃない、みんなの力 いえ神様の奇跡です」と言って断ろうとするフレンに対してケルゼンが、激しくそして恭しく語った言葉。
 この作品からは、冒頭の「宇宙に出でて帰ることを許された最初の人は羊飼いであった」「最初に宇宙に出た人は無神論者であった」という一節を紹介しようと思ったのですが、今日買ったばかりの下巻を読み終えてもっとも心に残る一節を送ります。
 話は変わりますが、「君はどこに落ちたい」の元ネタはブラッドベリの「万華鏡」です。

駄弁者:
 1〜5集の最多投稿者・屋良一さん、久々の登場。
 秋山完は「リバティランドの鐘」を司書の先輩に勧められて読んだことがあって、とても面白かったのを覚えています。
 この人の作品、「分かる人には分かる」引用や名文句がなかなか味があっていいと思います。

 あ、「落ちたい」はハインラインでなくて、ブラッドベリでしたか。



「あなたには馬鹿げているかも知れませんが、それが司政官というものなのです」

 出典: 眉村卓「限界のヤヌス」 「司政官」に収録

紹介 :司書の駄弁者
HP :

コメント:
 地球人が入植した惑星で、ときには原住の異星人と地球人との間を仲立ちし、ときには中央政府に対して惑星の利益を守る…それが司政官の役割である。だが、時代とともに、その役割は過去のものになろうとしていた。
 惑星ガンガゼの司政官セイは、自治を求める植民者の反乱に遭い、政庁からの撤退を余儀なくされる。植民者と対立する原住民を糾合し、反撃にかかろうとするセイ。中央から派遣された巡察官は彼に戦闘を止め、事態の収拾を中央に委ねよと命令した。だが、今はすたれようとしている司政官の理念に殉ずるため、セイは命令に従わず攻撃開始を指示するのだった。巡察官に淋しげな微笑を向けて語ったのが、この言葉。
 この「司政官」に出てくる主人公はみな高級官僚なのですが、常に自分の立場や直面した問題について、悩み続けます。「エリート」たることを自他共に許された人間は、そうでなくてはならないのだと思います。



友人が次々と結婚していく中、一人焦りを感じるミサト。このままでは、引き出物を配ることなく、コレクターに終始してしまう。マジにゲロマズの状況下、残された20代すらも後わずかしかない。30の大台へのステップを、着実に踏みしめている事実。はたして、加持との再会は、彼女に与えられたラストチャンスなのか?
次回、『嘘と沈黙』。さーて、この次も、サービス、サービスゥ

 出典: 庵野秀明(監督)「新世紀エヴァンゲリオン第15話予告(OVA版30秒バージョン)」

紹介 :W^2 様
HP :

コメント:
 ネットサーフィン(これって死語!?)中に見つけたとあるWebページで(前半だけ)紹介してあった文句。
 あまりにも面白かったので手持ちのビデオで確認したが、手元にあったTV放映を録画したものの予告は違うバージョンだったので、レンタルビデオ屋でOVA版を借りてきて再度確認、笑ってしまった。何というか、悲惨ながら楽しすぎる表現である。
 この後、最終的にミサトさんは「引き出物を配ることなく」全然楽しくないあの結果になってしまったわけだが(泣)
 しかし、未だSF名文句・迷文句集に未登場の『あの』エヴァンゲリオンからあえてこの文句を投稿する私っていったい………
 まあ、エヴァ本編の文句は精神的に、かさぶたをひっぺがしてその下をじっくり眺めさせられてるような、身につまされるものが多いからなぁ………

駄弁者:
 いつか、そのうち来るだろうとは思ってたんですが。
 しかし他に名文句も多いでしょうに、「次回予告」から持ってくるとは相変わらず目の付け所がユニークです。
 「エヴァンゲリオン」というと、シリアス、というか陰々滅々としたイメージが先行するのですが、私が見た限りでは(まだ半分弱しか見てないんですが)、結構ふざけたところも多い気がします。どうもベースは怪獣モノなのでは…とくに第1話とか。



「スキップ! メッセージだよ! メッセージの内容を知らせにきたんだ! メッセージだよ!スキィィィィィィィィィィップ!」

 出典: カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」(浅倉久志訳)

紹介 :guntech 様
HP :

コメント:
 個人的にはSF界いち悲しいロボットと考えている、サロの悲痛な叫びです。
 友情を求めながらも、親友は自分のために利用されていた(地球そのものも!)ことに、サロは心を痛めて、開いてはいけないと命令されていたメッセージを、親友の求めに応じて開いてしまいます。そして自殺をしてしまうのでした。
 ああ、悲しい。
 ヴォネガットは「タイムクエイク」で断筆だそうで、それも悲しい。

駄弁者:
 初登場のヴォネガットから。
 キツい皮肉のきいた作品が多いというイメージをもっているのですが、出典の作品もその一つのようです。
 「ようです」というのはつまり、読んでないと言うことなんですが。



私の理解するところでは、およそ人間というものに興味を持つ知的人間であれば誰であれ、サル学に興味を持たないはずがないのである。

 出典: 立花隆「サル学の現在」

紹介 :guntech 様
HP :

コメント:
 ええと、まずは言い訳から。
 たまにはこんなところからの名文句もいいのではないかと。フィクションではなく、作者からしてもちろんノンフィクションなのですが・・・いいよね、ひとつぐらいこういう変わり種も。
 SFか、SFではないかということになると、ぼくはこの本を読んで、非常に強いSFのイマジネーションを感じさせてもらいました。ぼくのSFマインドが大いに刺激されたということで。内容は事実に基づいた、ルポルタージュであることはいうまでもありませんが。
 執筆されたのが80年代後半ということで、文庫になってから読んだためその当時でももはや「現在」ではないのですが、刺激的で夢中でむさぼるように読んだ記憶があります。本を開いて最初、まえがきの一ページ目にこの確信に満ちた名文句を目にして、「ぼくも知的な人間」のはずだと気負って(はは。あのころぼくは若かった)頁を繰りました。
 ええと、駄弁者さんはこの名文句も確認するのでしょうか? 持ってなかったらすんませーん。あ、職場にあるか。

駄弁者:
 お久しぶりのご投稿。しかしまた変わった出典から来ましたね。
 「知的人間であれば誰であれ、サル学に興味を持たないはずがない」という言葉そのものはちょっとフィクションですね…。人間も「サル」の一種と考えれば合ってないこともないと思いますが。
 連想したSFはデイヴィッド・ブリン「知性化戦争」。あれは「サル学の未来」と言ったところでしょうか?久しぶりにブリン出た新刊が「知性化」シリーズではなかったのが残念。
 ところで、当然図書館に「サル学の現在」は所蔵しているんですが、貸出中で確認できません…。



かつては彼もアインシュタインを呪ったものである。しかし、今は祝福を送りたかった。これは確かと見ていいようだが、モノリスの背後にひそむ力もさすがに光より速いスピードで影響を広げることはできないらしい。とすれば人類は、このつぎの遭遇までに──もし起こるとすればだが──ほぼ千年の猶予期間を与えられたことになる。

 出典: アーサー・C・クラーク「3001年 終局への旅」(伊藤典夫訳)

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 このシリーズ(というか、大抵のクラーク作品)では“アンシブル”みたいな即時通信機は存在せず、地球−木星間通信でもかなりの時間がかかり、モノリス(とその背後に潜む存在)ですらその制限を越えることは出来ないようです。
 アインシュタインはこの事を理論付けたあって、彼が速度の上限を光速と決めたわけではないのですが、大抵の人にはこの二つは同義のようです。
 この非常に強固な制限が、かえって幸運となるとはおもしろいものです。
 蛇足ですが、途中でスター・トレックやスーザン・キャルヴィン博士のことに触れていたのは楽しかったです。そういえば「2061年〜」ではスター・ウォーズのことも出てましたね。

駄弁者:
まあ、呪われようと、感謝されようと、アインシュタインにはいい迷惑かもしれませんね。
「3001年」でSTとかキャルヴィン博士がどう言及されているのか、ちょっと興味あります。
「2001」から「2061」まで文庫で持っているので、「3001」も文庫を待とうと思っているのですが、いつになることやら。



大提督(グランド・アドミラル)、高位提督(ハイ・アドミラル)、上位司令官(シュプリーム・コマンダー)、全能戦闘(オムニポテント・バトル)リーダー、誰も彼もが自分のそばにいるライバルを越えようと、競ってばかげた称号をでっち上げていた。

 出典: ケヴィン・アンダースン「ダーク・セーバー(スター・ウォーズ:『カリスタ三部作』第二部)」(富永和子訳)

紹介 :テンダーのゲーム 様
HP :

コメント:
 新共和国の成立後、今度は旧帝国軍が反乱を起こす役回りとなります。(本当は一時的に帝国が復活したりするんですが、他の作品のネタばらしになるので省略します)しかしやる気あるんでしょうか、彼ら・・・・
 スター・ウォーズ小説の中でもアンダースンのものは皮肉っぽいネタが多く、なかなか笑えます(自動操縦の掘削機二機がお互いを金属製だからと掘削して壊れたりもします)。また一つの章が短いことが多く、映画のように非常にスピード感があります。
 ちなみにこの小説では他にも、高(ハイ)モフ、上位将軍(スパーリア・ジェネラル)、上位大将軍(シュプリーム・ウォーロード)、名誉卿(オーナード・オーバーロード)、最高司令官(シュプリーム・リーダー)などの階級を自分でつけている帝国軍人の方がおられます。
 但し、大提督と言っても『スローン三部作』(ティモシー・ザーン著)のスローン大提督は立派な方です。(その分厄介な敵でした)

駄弁者:
 半独立状態の軍閥が勝手に称号をつけたり名乗ったりするのはよくありますね。戦国武将の「なんとかの守」ってのもそういうの多かったそうです。
 SW小説オリジナルは「スローン3部作」だけ読んだことがあります。スローン大提督は、確か異星人の芸術品からその種族の出方を予想して作戦を練る人でしたね。私が知っている中では彼が一番の知将のような気が・・・。アクバーのナマズ提督なんか、「ジェダイの逆襲」でモロに罠にハマってますし。
 就職先としては、帝国の方が魅力あるよなあ…。



「現在、我が輸送中隊一番機"WishBone"は、前任者戦死により航法士兼前方銃手が欠員しております! 当方の希望を申し上げます! 髪はショート! メガネ着用!ちょっとドジで気が弱くて、機内装備のコーヒーメーカーの操作技術に秀でている者!以上!」
「復唱する! 航法士兼前方銃手! ショートでメガネでドジで気が弱くってコーヒーいれるのがうまいやつ!」
「その通りであります!!」
「よっしゃ───心得た──!!」

 出典: 原作・イラスト ☆よしみる 著 秋山瑞人「E.G.コンバット」

紹介 :記由 様
HP :

コメント:
 はじめまして、記由(Kiyoshi)と申します。
 出典の"E.G.コンバット"はメディアワークスの電撃文庫から出版された小説で、中身はかなり本格的かつハードなSFながら、ライトノベルス特有のテンポのよさ、コミカルなノリなどを備えている一品です。
 さて、台詞ですが、本編の主人公である、ルノア・キササゲ大尉が戦功著しい英雄でありながら、権力者の嫉妬によって訓練校に左遷されるときにかけられた、励ましの言葉と、それにノリノリで答える主人公の台詞です。
 一見、コミカルな迷台詞ですが、主人公が潰れてしまわないよう"励ます気持ち"と、それに答える主人公の"決意"が伝わってくる名台詞だと思います。

駄弁者:
こちらこそ、はじめまして。以後よろしくお願いします。
私の読書はハヤカワ・創元メインで、このごろは富士見・スニーカーあたりとも疎遠ですが…。ソノラマ文庫の「彗星狩り」が星雲賞をとったり、「ブギーポップ」ものが話題だったりと、ライトノベルス系もなかなか元気ですね。
 で、ご投稿の名文句ですが…
 ようし、いいんだな。髪の短い、メガネをかけた、ちょっとドジで気が弱くて、機内装備のコーヒーメーカーの操作技術に秀でている中年男でも!
 性別とか年齢のことは申告してませんし。



「人間の科学は人間を超えることはできんのじゃ」

 出典: 伊藤伸平 (原案 北爪宏幸)「モルダイバー 3巻」

紹介 :EFF 様
HP :

コメント:
 お久しぶりです。なんかいい意台詞を探していたら、漫画からの出典になっちゃいました。
 天才テクノロジスト天城博士の台詞です。゛科学"と書いて゛テクノロジー"と読んで下さい。
 科学技術を作るのも人間、使うのも人間。科学といえども人間を忘れては成立しないのだ、などと不祥理工系の私は受け止めています。

駄弁者:
 「モルダイバー」も例によって名前だけは知ってるけど、というものでして。
 しかし私は、科学技術が時々人間を越えてしまうから、いろいろ問題がでてくるんじゃないのかな、とも思うのですが。
 科学が人間を忘れては成立しない、というのには全く賛成です。



「ジョー!きみはどこにおちたい?」
「・・・・・・・・・・・・」

 出典: 石ノ森章太郎「サイボーグ009 地底帝国”ヨミ”編『地上より永久に…』」

紹介 :W^2 様
HP :

コメント:
 「サイボーグ009」シリーズのあまりにも有名なシーンから。
 しかし、もし最近の作品だったら002は009を助けに行かず009は一人星屑になってしまうんだろうなぁ(苦笑)
 ところで、このセリフとこの後の姉弟が星に願いをかけるエピソードの元ネタがハインラインの短編だというのは本当なのだろうか?

駄弁者:
 すいません、「あまりにも有名」なのに、私は知らないです。元ネタのハインラインも分かりませんが、名文句を見てくれる人なら、知っている人がいるかも知れません。どなたか解説お願いしまーす。

<追記>
 元ネタは実はハインラインではなく、ブラッドベリ「万華鏡」だとのこと。サトチさん、屋良一さん、情報提供ありがとうございました。



「あれは私に負けた。私はお前に負けた。お前はあいつが私のものになるのが嫌なんだな」
「あ、ああ」
「なら、あれは要(い)らぬ」
「解ってくれた?」
「ああ、 私はお前のもの だから、お前の言う通りにする」
「−−−へ?」

 出典: 小林めぐみ「ねこたま SECTION 1 EGG HUNTING」

紹介 :W^2 様
HP :

コメント:
 東京某所にある猫と戯れることのできるテーマパーク……ではなくて、小説に登場する頭の良い人物を書くためには自分も頭が良くならなきゃ、と物理学の道に進んだという小林めぐみの最初の小説「ねこたま」。
 そこの主人公とヒロイン(?)で人外の怪力と常識を誇るアクアクさんとの最初のまともな(?)会話から。命を狙っていた相手の仲間との戦闘直後の会話にしてはえらくほのぼのしている。
 一般人の言葉にするなら「解ったから、責任とってね」もしくは「ふつつか者ですが一生よろしくおねがいします」となるのかもしれない。

駄弁者:
 うーむ、状況によっては非常に嬉しいセリフですが、場合によっては無期懲役判決ですね。



「ま、年に一度の学園祭ですから、生徒諸君の自主管理の尊重という意味合いからもですな、校長の私が今更口をさしはさむというのなんなんでありまして、ま、しかしながら、かの親鸞も申しておりますように、善人、なお、もて往生す、まして、悪人においておや、人はみな、ただひとり旅に出て振り返らず泣かないで歩くのであります。ああ、誰知るか百尺下の水の心・・・人間、だれしも悩み、苦しみ、過ち、そして、成長し、桃太郎は満州に渡ってジンギスカンになるのであります。かの大ギュエイテ曰く、苦悩を経て大いなる快楽にいたれ、というようなわけでありまして、何はともあれ全員怪我一つせず、何より無事、これ、名馬であります。くれぐれも、安全第一で、そこんとこ、よろしく」

 出典: 高橋 留美子(原作) 押井 守(監督・脚本)「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」

紹介 :W^2 様
HP :

コメント:
 学園祭準備中に教室内でレオパルドが暴走(!)した後での校長先生のお叱りの言葉。
 何か、妙に意味が無いのが実に良い。
 しかし、校長先生、閉ざされた時間の中で戦車が暴走するたびにこのセリフをのたまっていたのだろうか?
 今、思っても「うる星やつら」という作品は宇宙人から妖怪、果ては分けの解らん物まで何が登場しても作品世界に破綻をきたさないふところの広い作品であった。生きているうちにもう一度こんな楽しい作品にめぐりあいたいものである。

駄弁者:
 SF、というのか非常に疑問なんですが、もう、いまさらですね。
 しかし、いますねー、言葉数だけやたら多いくせに意味不明なことばかりの人。まあ、この校長ぐらいいけば、いっそ芸術ですが。
 「ギュエイテ」はきっと「ゲーテ」のことなんでしょう。この御仁、古い訳本だと「ゲーテ」、「ゲエテ」、「ゴエテ」、「ギョエテ」など読みがバラバラでして…。目録の典拠カードが大量に要る人です。
 「 ゴエテとは おれのことかと ゲーテ言い 」
 などと言う川柳も。



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