舞台が細菌戦争後のアメリカである、ということ以外にSF的なところはなし。細菌戦争にしてもその様子とかその後の影響についての描写はほとんどなく、単にアメリカに「辺境」を再出現させるための理由付けにとどまる。SFだと思って読まない方がいいだろう。ギミックがないだけにカードの「読ませる」テクニックが引き立つ。
第3話「辺境」と第5話「アメリカ」については先に雑誌収録されているので、そちらの駄弁に譲る。ここではそれ以外の話について簡単に。
「西部」はもっとも印象に残る話である。ジェイミー・ティーグの語る児童虐待のエピソードは読んでいて息苦しくなったほどだ。こんな経験が信仰によって癒やされるのだとしたら、それは非常にすばらしいことであると同時に、非常に恐ろしいことであると思う。洗礼を受ける前のことだったんだからという理由で許されるのだとしたら。
「巡回劇団」は「西部」のラストで拾われた孤児ディーバー・ティーグと、彼が出会った旅芸人一家の物語。町々を渡り歩く旅芸人一座、座長の頑固な父親、世話焼きの母親、何となく影の薄い長男、放蕩者の次男、美人の長女。娘、息子や娘たちは一座を離れて自由に生きたいと思う反面、その一座、すなわち家族の中での自分の役割を失うことを恐れている。…あれ、何だかちょっと古くさいホームドラマそのままの設定じゃないか。そんな類の話を好きだったことは一度もないのだが。それでも引き込まれてしまうのがカードの巧みさなのだろうか。(それともカードの作品だというだけで、いいと思いこんでしまっているのだろうか。そこまで自分の目が節穴だとは思いたくないが)