読後駄弁
2001年読後駄弁7月〜8月
・ジョージ・ガモフ,ラッセル・スタナード「不思議宇宙のトムキンス」,白揚社,2001.6
物理学の解説書の古典、「トムキンスシリーズ」を今の読者にも受け入れやすいようリライトしたもの。銀行員のトムキンスは物理学の公開講座を聴きに行き、途中で眠り込んで相対性理論や宇宙論の不思議な世界を夢に見る。
1〜4章の、相対性理論について解説したあたりが一番面白く読めた。この本が物理学を学ぶきっかけになったという学者がいることにも頷ける。私もこれで初めて相対性理論が理解できた、と言えればよかったのだが…。少なくとも読んでいるときは分かったつもりではいたんだが、読み終わって時間がたつと元のもくあみ。…ひょっとして歳のせいか?
・カード,ギブスン他「20世紀SF5・冬のマーケット」,河出文庫,2000.7
題名はSFの市場とかけてるんだろうか、と一瞬暗い考えになってしまった。
ギブスン、スターリング、ラッカーetc.と注目度の高い巻である。なにより私にとってはカードの本邦初訳「肥育園」が掲載されているのが嬉しい。
しかし…喜ぶべきか残念がるべきか、「肥育園」以上に他の作品が面白かった。冒頭の表題作ギブスン「冬のマーケット」、バイプレイヤーの「ゴミの先生」がシブい。ラッカー「宇宙の恍惚」、下ネタのハチャメチャ話だがオチに爆笑。グレッグ・ベア「姉妹たち」は再読だが、遺伝子改造ものの名品である。
そして一番すごかったのはポール・ディ・フィリポ「系統発生」。絶滅の危機に瀕した人類が自らの遺伝子を改変し、異星生命体の体内で生き延びていく様を描いた話。まったく異質な種と変異した人類が、それでも古い人類の歌と数学を受け継いでいるというところに感動。しかし彼らの歌を聞いて私たちが感動できるかどうかは、定かではない。
「最初のナノテクSF」として紹介されているスティーグラー「やさしき誘惑」で、ナノテクの万能ぶりが興ざめで楽しめなかったのと、コニー・ウィリスの量子論もの「リアルト・ホテルで」がいまいちよくわからなかったのを除けば、どの作品も面白い。シリーズ既刊中、私的ヒット率が一番高い巻だった。
・マックス・ガロ「イタリアか、死か〜英雄ガリバルディの生涯〜」,中央公論新社,2001.4
19世紀のイタリア独立の立て役者、ジュゼッペ・ガリバルディの伝記。
ガリバルディと言えば、独立戦争中、少数の義勇軍を率いて単独でシチリア島、南イタリアを解放し、独立後は、名利を求めず隠棲した、ということで有名。だが当然ながらそこに至るまでの道のりも、その後の人生もあったわけで、そこには華々しい成功よりも挫折と苦渋がずっと多く見られる。最初の独立戦争で敗れ、逃亡中に愛妻を失ったこと、もう一人の独立の功労者カヴールとの対立、カプレラ島への隠棲が不満と諦めに彩られていたことなど…。英雄に英雄らしくない面があったというのではなく、滑稽なぐらいに英雄だった人物として描かれている。
・巽孝之「『2001年宇宙の旅』講義」平凡社新書,2001.5
クラーク「2001年宇宙の旅」のモノリスにに焦点をあて、そこに影響を与えたもの、そこから影響を与えられたものを探っていく。
「2001年」といえば、モノリスとHAL9000だが、本書ではHALの方にはあまり深く言及せず、あくまでモノリス一本に絞って考察を加えている。第2章「モノリスの陽の下に」で、モノリスと80年代電脳文化を関連づけて論じているあたりが面白かった。
…第5章「サイボーグ・キュービズム」での現代美術との関わりは、知識不足のせいかいまいちぴんとこなかったのだが。
・石原藤夫「ブラックホール惑星」,ハヤカワ文庫,1979.1
NALさんからだいぶ前に譲っていただいたものを、やっと手にとる。
惑星開発コンサルタント社のベテラン調査員(ただし給与は新米調査員)ヒノとシオダの活躍を描く短編連作シリーズ。密輸ブラックホールの出所を探る「ブラックホール惑星」に、ブラックホール−ホワイトホールの永久循環にはまった惑星を救出する「ホワイトホール惑星」、そしてワープ事故で行き着いた異次元空間で、正反対な二つの惑星を冒険する「情報惑星」の3編。
「ブラックホール惑星」でブラックホールを体内に備える異星人や「ブラックホールのなる木」など奇想天外なアイディアを披露するかと思えば、つづく「ホワイトホール惑星」では宇宙船<ヒノシオ号>の「白黒穴帆型」推進システムを数式まで持ち出して詳細に解説。ユーモアとハードSFの両方を楽しめる。
・宮部みゆき「レベル7」,新潮文庫,1993.9
自分自身についてすべての記憶を奪われた男女、突如失踪した女子高生。別の場所で起きた事件に共通する謎の言葉「レベル7」。自分の身元を追う二人と、女子高生を捜すカウンセラー、二つの追跡が交差するとき、事件の意外な真相と、その裏に潜む復讐劇が明らかにされる。
序盤の雰囲気からアンリアルな展開を予想していたのだが、実際にはそっちの方にはいかず、純然たるミステリの領域で終始する。前に読んだこの人の作品が「蒲生邸事件」だったせいで妙な先入観を抱いていたもよう。その意味では期待はずれと言えなくもないのだが、これはこれで面白い謎解きだったから結果オーライ。
まったく自分についての記憶がない状態から乏しい手がかりを辿っていくという、男女のパートの方が展開としてはスリリングで楽しかったのだが、女子高生を追うカウンセラー側の話も、彼女の父と娘、二人の協力者が醸し出すアットホームな雰囲気がなかなかに良。
・トマス・ハリス「ハンニバル」(上下),新潮文庫,2000.4
とある事件で子供連れの凶悪犯を射殺し、窮地に立たされるFBI捜査官クラリス。彼女のもとに7年前脱獄した「カニバル・ハニバル」──レクター博士からの書簡が届いた。だが、それはレクター博士を憎悪する大富豪メイスン・ヴァージャーの知るところとなる。彼が用意したのは「美食家」レクター博士にとって最大の屈辱となるであろう凄惨な復讐。博士の逃亡先・フィレンツェで彼を捕らえ損なったヴァージャーは、クラリスを囮に使う計画を立てた…。
物語は前作「羊たちの沈黙」の7年後にあたる続編。だが、ジャンル的には微妙に異なる。「羊たちの沈黙」は、レクター博士や連続殺人犯「バッファロー・ビル」の風貌を細かく描いたサイコ・ホラーの先駆けではあったが、同時にクラリスがレクター博士の示唆でバッファロー・ビルの正体を突き止め、彼を捕らえるというミステリの要素も多く持っていた。一方、この「ハンニバル」では事件があってその犯人を追うといったところはなく、よりレクター博士を前面に押し立て、彼の「悪」というとおりいっぺんの言葉では収まりきれない存在感と、過去の記憶とオーヴァーラップする複雑な内面を描写している。
とくにレクター博士の「魅力」を感じさせてくれるのがフィレンツェを舞台とする第二部。ヴェッキオ宮殿の新司書「フェル博士」になりすましたレクター博士は、表でルネサンス期イタリアについての博識で学者たちをうならせる一方、裏で彼の正体に気づいてヴァージャーに売り渡そうとする捜査官パッツィを手玉にとってみせる。中世の重く昏い歴史を背負ったフィレンツェの風景は、じつにレクター博士に似合っている。
その後レクターはアメリカに戻り、ついにヴァージャーとの直接対決となるわけだが…。ラストの展開はかなり意外なもの。意外というか……本当にそれでいいのか、クラリス!?
・バーナード・ルイス「イスラーム世界の二千年」,草思社,2001.8
イスラーム研究の重鎮による、中東史の概説。前の3分の1程度でキリスト教勃興以前からオスマン・トルコ帝国の最盛期までを一気に縦断し、中盤は中東の社会や文化、イスラーム教の教義やイスラーム法etc.etc.を横断的に解説。そして最後に近代以降の流れをみる…とかなり欲張りな構成。さすがに一つ一つの記述はおおざっぱだが、全体の流れを見失わずに読み進められる。またイスラーム教の出現以前の歴史と連続性を持たせているところもポイントだろう。
近現代史パートでは当然ながらパレスチナ問題にも触れられている。これについては第一次世界大戦前後でのイギリスのいわゆる「二枚舌外交」も一因となっているはずだが、そのへんイギリス人である著者がどう書いているのか?少々意地の悪い興味があったのだが、それについてはあまりページを割かれてはいなかった。残念。
ところでこの邦題だが、「イスラーム世界の」というのはちょっと間違ってはいないだろうか。この本では言及されていない地域、たとえばアフリカや東南アジアや中国の新疆なども「イスラーム世界」のはず。原書名は「The Middle East」なのだからそのまま素直に訳すか、副題をメインにもってきても良かったのでは。
・安能務「三国演義」(全6巻),講談社文庫,2001.3-5
「正史への回帰」を目指すことが多い近年の「三国志」を批判し、あえて「演義」の本旨に忠実であろうとした「三国志」ならぬ「三国演義」。
他の三国志小説と比べたところでは、劉備陣営の描き方に特色がある。…といっても劉備が聖人君子ではなく梟雄として描かれていることや、諸葛亮を軍師ではなく政治家として評価しているという程度のことなら、今更珍しくもない。
まず面白かったのが三義兄弟──劉備、関羽、張飛の人間関係の距離感である。ふつうならばこの三人は一心同体、等しく至近距離にいる関係として描かれる。ところがこの「三国演義」の場合はそれが微妙に異なってくる。もちろん三人が義兄弟として深い絆で結ばれていることに違いはないのだが、二人の「豪傑」関羽−張飛間の距離に比べると「梟雄的政治家」劉備−他2人の関係はほんの少しだが間隔があいているようなのだ。関羽と張飛が戦場で加えた手心を劉備に話さないままにするシーンがあったり、曹操や他の群雄とのやり合いで汲々とする劉備を二人が「ご苦労さまだね〜」という感じでみていたりする。「劉備と関羽と張飛」の関係より「劉備と関羽・張飛」の関係と言えばいいのか。
もう一つは諸葛亮の描き方。「三国演義」で登場したての孔明先生は、才能はあるものの、それに任せて屁理屈こねハッタリをかけたおす、鼻持ちならない小才子である。ついでながら、この辺のシーンで矢面に立った周瑜の苛立ちと、呆れ苦笑しながらなだめ役に回る魯粛の様子も一読の価値あり。…そんな孔明だが、周瑜の死の前後から政治家としての自分の才能に気付き、軽薄な態度を変化させる。
名軍師として描くにしろ名政治家として描くにしろ、孔明は完成された存在として登場するのがこれまでのパターンだったように思われる。ここに登場する「成長する孔明」というのは、非常に新鮮に感じられた。
・ポール・アンダースン「大魔王作戦」,ハヤカワ文庫,1983.1
科学の代わりに魔法が発達した平行世界、アメリカはサラセン教主軍を敵とする「第二次世界大戦」の最中。情報部所属の狼男マチュチェック大尉は将軍から反撃の要となる特種任務を命じられる。同行するのは若き魔女グレイロック大尉。二人は教主軍の本営に潜入し、彼らの切り札である魔王アフリートを封印しようとするのだが…。
…という第1話をはじめとして、狼男と魔女のカップルが活躍する4つの中短編を一つにあわせたもの。
現代的な文物に魔法を登場させるアイディアや、登場人物の掛け合いが読みどころなのだが…そのどちらにしても、いま一歩物足りないものを感じてしまった。「近代科学」ならぬ「近代魔法学」によって発達した世界や人々の暮らしなどをもっと読ませてほしかったのだが。主人公の二人のキャラもよくあるタイプから抜け切れていない。ついでに第4話ラストで登場する「魔物の王」の出で立ちも非常に興ざめだった(なんでこんなところで鉤十字ネタ出すかなあ?)。
世界観そのものは結構好きな類なのに、惜しい。
・栗本薫「グイン・サーガ80・ヤーンの翼」,ハヤカワ文庫,2001.8
80巻目、というのが区切りとも里程標とも感じられなくなってしまった。あと20巻では終わらないことはほぼ確定らしいし。
今回の読みどころはイシュトとタルー、グインとヴァレリウス、二者二様の再会場面あたりだろうか。前者は「再会」などという穏やなものではないが。どうも最近私の「グイン・サーガ」の楽しみといえば、これまで別々に活躍していた登場人物のご対面シーンがどうなるかに限定されてきているような気がする。話の流れからして近巻で主役級どうしの対面がありそうなので、しばらくはそれを期待して買い続けることになるだろう。
・広瀬正「マイナス・ゼロ」,集英社文庫,1982.2
浜田俊夫は戦時中、空襲に遭い瀕死の重傷を負った隣家の先生から、18年後…1963年の今日に研究室に来るよう頼まれていた。約束どおり、今は別人の持家1になっているそこを訪れた彼の前に突然現れたのは、先生のひとり娘…少年当時の俊夫が憧れていた啓子だった。姿形も記憶も18年前のままの啓子をみて、俊夫は先生が研究していたのがタイムマシンであったことを知る。俊夫はそれを使って31年前の古き良き東京にタイムスリップするのだが、ふとした事故でタイムマシンは彼を乗せずに未来に戻ってしまう…。
登場人物の温かさが、読んでいて実に心地よい。とくに過去にとり残された俊夫がやっかいになるカシラ一家のキャラクターには微笑まされたり、涙ぐまされたり。
昭和10年代の世相や当時の東京の様子なども詳細に描かれていて面白い。銀座のようすについては、当時の店の並びをすべて調べて書いたという凝りようだが、東京の地理その他にうとい私には、そのすごさがあまり感じられなかったのが残念。
私が気に入ったシーンのひとつは、未来から来た俊夫が自分の知識を利用し「新発明」で儲けられるかと思いつつデパートを訪れると、当時の技術が想像以上に進んでいるのを見て驚く、というところ。とんでもなく高価だったとはいえ電気冷蔵庫も掃除機も商品化されているということに、私も驚いた。
物語は非常にいい話で感動するけど、タイムパラドックスのネタ的には予想がつくな…などと甘く見ていたのは私のあさはかさ。確かに予想通りにはなったが、さらにその先にもどんでん返しが続く。読み終わって「参りました」とあの世の著者に頭を下げたくなった。
・岩村忍「暗殺者教国」,ちくま学芸文庫,2001.7
「アサッシン」の語源として有名な「暗殺者教国」、ニザリ・イスマイリを中心に10〜13世紀の中央アジア、西アジア史を追う。
この本は以前リブロポート社の「冒険の世界史」シリーズで刊行されていたのだが、そのうち読もうと思っているうちに品切れになり、しかもリブロポート社自体が無くなってしまったため入手を諦めかけていたもの。この本といい、少し前に出た「アラブから見た十字軍」といい、再刊してくれた筑摩書房に大感謝である。
…とはいえ内容は、期待していたのとはちょっと違っていた。暗殺教団そのものの歴史を叙述するよりも、それを中心にした時代の挿話集といった感じである。ともすればイスマイリよりもモンゴルの西征と、その先鋒となった武将キドブハの方に力点が置かれている。
最後の章「ニザリ城塞の遺蹟」は、アラムートなど教団が支配していた地域の現在(といっても今となっては半世紀近く前だが)の様子を伝えていて興味深い。
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