読後駄弁
2002年読後駄弁7月〜8月


・ハリィ・ハリスン「宇宙兵ブルース」,ハヤカワ文庫,1977.6
 野良仕事の途中、募兵活動に引っかかってしまったビルは、田舎の惑星を後にして軍隊へ。だが彼を待っていたのは地獄のような新兵教練、そしてそれさえ終わらぬうちの実戦投入だった。宇宙船のヒューズ交換係を拝命したビルだが、戦闘の混乱の中なんとなく押してしまった大砲のボタンが敵艦に命中し、彼は一躍戦争の英雄に…。
 こう紹介してしまうとまとも戦争ものっぽいが、実物を見れば、カバー絵が横山えいじという時点でシリアスを期待する人はいなくなるだろう。その外見通り、アシモフ「ファウンデーション」のパロディをハインライン「宇宙の戦士」のパロディでサンドイッチにしたような、ドタバタコメディである。
 パロディといっても元ネタを知らないと分からない類ではなく、知ってればなお面白いというぐらいのものなので、その点未読の人も気にかけることはない。私には第2部の「ファウンデーション」パロディ、首都星で道に迷って兵営に帰れなくなったビルが、惑星の廃棄物処理問題に一役買うところが一番の気に入りである。惑星丸ごとが一つの都市に覆われているって、絶対トランターが元ネタだよなあ…。
 そして軍人として立派(?)に成長(??)したビルは故郷へ新兵募集に。因果は回る糸車なオチも良。

・谷甲州「仮装巡洋艦バシリスク(航空宇宙軍史)」,ハヤカワ文庫,1985.4
 ずっと前からそのうち読もうと思っていたシリーズに、とうとう足を踏み入れることにした。
 「宇宙軍史」というから話が時系列順になっているのかと思ったら、各話によって結構時代が前後している。おおまかな歴史の流れが前提にあって、その中のエピソードがそれぞれ語られていく感じだ。期待とはややずれたが、これはこれで面白い。
 宇宙スケールのハードSFになっている冒頭の「星空のフロンティア」も良かったが、それ以上に好みに合ったのは、規模的にはこじんまりとした「砲戦距離一二、〇〇〇」。リアルな宇宙戦闘を第二次大戦中の海戦になぞらえて語るあたりが面白かった。

・小林泰三「海を見る人」,早川書房,2002.5
 ハードSFの設定の妙と、センチメンタル系のストーリーを兼ね備えた、ハズレなしの短編集。
 「時計の中のレンズ」の舞台となる凸レンズ状世界や表題作「海を見る人」の、時間の進み方の異なる二つの社会の科学的な整合性を追求しても興味深いだろうし、理屈はとりあえずおいといてそういった世界で繰り広げられるドラマをファンタジィ的に楽しむのもよし。
 前者なら先に挙げた「時計の中のレンズ」が良さそうだし、後者であれば(私はこっちの方に近いが)、二つの勢力が敵対する中で世界全体の破局を救おうとする「独裁者の掟」がグッとくるだろう。そして表題作「海を見る人」は両方でマル。時間の進み方が早い「二十倍村」で、「海」を見つめる老人が語った切ない恋物語である。
 現時点で「今年読んだ面白いSF」を一つ選ぶとしたら、たぶんこれだろうなあ。

・福井晴敏「亡国のイージス」(上下),講談社文庫,2002.7
 将来を嘱望されていた息子を亡くした艦長・宮津。引退を目の前にして妻に離婚を迫られ自分の人生に問い直さざるを得なくなった先任伍長・仙石。そして過去に暗い陰を負った海士・如月。三人の乗り組んだイージス護衛艦<いそかぜ>が政府を震撼させる大事件を引き起こす。
 士官、下士官、兵と、同じ軍隊(じゃなかった、自衛隊)でも立場の異なる3つの階層の人間を主人公に配して書き分けているのが、まず上手い。護衛艦の日常を描きつつ、しだいに緊張感が高まっていく序盤、事態が動き始め、誰が真実を語っているのかを仙石伍長とともに悩ませられる中盤までには、すっかり物語に引き込まれてしまった。
 後半、<いそかぜ>で繰り広げられるアクションドラマは、読んでる最中はそんなことなど全く気にならなかったとはいえ──今振り返ってみるとちょっと仙石も如月もタフすぎるんじゃないかという気がする。最後はすべて個人の不屈の意志だけが解決する、という結末は物語として美しいものだが、ちょっと納得いかない部分も残る。終章もやや情に偏りがちで、あった方がよかったのかどうか、微妙なところだ。
 だとしても、全体としては100点満点が90点になる程度の瑕疵である。熱中して読める作品であることは間違いない。
 それにしてもこれ書いた人が、次に書いたのがガンダムなんだよなあ…。そう思ってみると、終盤の如月対ジョンヒの水中戦はニュータイプっぽかったか。心で会話してたし。

・サイモン・シン「暗号解読〜ロゼッタストーンから量子暗号まで〜」新潮社,2001.7
 副題のとおり、暗号の発明とその解読のデッドヒートを古代から現代(近未来?)まで追ったもの。ややこしそうな話なので、字面を追うだけで内容を理解できるか心配だったのだが、説明は非常に分かりやすくまったく問題なかった(もっとも最後の量子暗号あたりはちょっと辛かったか…)。じっくり楽しみたい人は要所要所につけられている暗号の例題を自分で解読してみると、より面白く読めるだろう。
 暗号機械の誕生や、その最高傑作だったドイツの「エニグマ」が解読されるまでを扱った部分が最もスリリングなところ。しかし、そういった人工の暗号機よりも米軍に参加したナヴァホ族が自分たちの母語で通信をした方が戦争中情報の秘匿性が高かった、というエピソードにも皮肉な笑みを浮かべてしまう。暗号製作者や解読者にしてみれば、まったくやってらんねーよとでも言いたくなるだろう。
 軍用の暗号とは別にナヴァホ語のような自然の暗号――未解読の言語の探求にも一章が設けられている。エジプトのヒエログリフやクレタ島の線文字Aなど。…もし日本が沈没して千年もたったら、日本語というのは結構解読が難しい言語なのではないだろうか、とふと思ったり。

・野尻抱介「ピニェルの振り子」ソノラマ文庫,2000.7
 惑星ピニェルに住む蝶採りの徒弟スタンは、市場で博物商ラスコーの下で画工をしている少女モニカと出会う。だが一目惚れしたスタンは蝶採りの秘訣を得意げにしゃべり、モニカの軽蔑を買ってしまう。失地回復の念と、彼女が博物商に自由を奪われているとの思いこみから、スタンはラスコーの宇宙船に密航することを決意。彼を待ち受けていたのは、ピニェル軌道上の驚くべき生命と、それを観察・採集するもっと驚くべき博物商の生活だった。
 ストーリーやキャラクターはまあ、そこそこ。美少女への憧憬からがむしゃらな行動をとるスタンに感情移入するには、どうも面映ゆくていけない。それを苦笑混じりに眺めつつ、利用するところはきっちり利用するラスコーの方が読んでいても気楽である。
 それより気になるのは物語の背景となっている世界。17世紀から19世紀の地球人が「プレイヤー」と呼ばれる謎の存在によって様々な惑星に移植され、そこにあったオーバーテクノロジーで宇宙進出を果たしている、という設定。登場する社会や宇宙船のイメージなどの微妙に古めかしいあたりが、なかなかの魅力である。
 この世界観でぜひ別の話を…といきたいところだが、なかなか続きが出ませんねえ。

・ニール・スティーヴンスン「クリプトノミコン」(全4巻),ハヤカワ文庫,2002.4-7
 時は第二次世界大戦初期、天才的な数学の才を見いだされたローレンス・プリチャード・ウォーターハウスは暗号戦を司るイギリスの特務機関に招かれた。そこでは大学時代の友人、アラン・チューリングが彼を待っていた。二人はやはり大学の同窓であるルディ・ハッケルヘーバーらドイツの暗号担当者と虚々実々の駆け引きを繰り広げることになる。
 その少し後、日本のフィリピン占領からきわどくも逃れたボビー・シャフトーもイギリスと合同の「特殊任務」に配属された。だがそこで命令される任務は危険だが奇妙なものばかり。ボビーは訳が分からないままその任務をこなしていく。
 そして一方現代。情報ベンチャー企業に勤めるローレンスの孫ランディ・ウォーターハウスは、コレヒドール島に巨大情報施設<データヘブン>を建設する大計画の途上、サルベージ会社を経営するダグラス・マッカーサー・シャフトーとその娘エイミーと出会う。彼らによるとフィリピンから<データヘブン>への海底ケーブルを敷設する近海に、大戦中日本が秘匿した金塊、あるいはそのヒントが隠されているというのだが…。
 ローレンス、ボビー、それと金塊の隠し場所を建設することになる後藤、3者の視点からみた大戦中パートと、ランディ視点の現代パートが入れ替わり立ち替わりして小エピソードを積み重ねながら、全4巻の長い物語を構成している。メインに据えられているのは多分現代パートなのだろうが、私が好きなのは大戦中のほう、とくにボビー・シャフトーのエピソード。
 ボビーが携わっているのは実は暗号戦の「実働部隊」。連合軍側が暗号を解読していることをドイツに悟らせないために、暗号によらずその情報を得たように見せる偽装をしてまわる。イタリアに潜入して敵に発見されに行ったり、地中海に敵工作員の死体を投げ捨てに行ったり、ノルウェーでわざと船を座礁させたり…。それが何なのか知らされないまま珍妙な任務を遂行する悲喜劇が、ちょっととぼけたボビーのキャラとあいまって非常に楽しめた。
 ローレンス、ランディのウォーターハウス組のエピソードも暗号が主要テーマになっていて、「冒険小説」というよりは「暗号小説」ないし「暗号史小説」というほうが合っているのではないかと思った。そういった部分は先に読んだサイモン・シン「暗号解読」の記憶がまだ新しかったせいもあって、とても頭に入りやすかった。この作品と「暗号解読」どちらかを楽しめた人にはもう片方はかなり自信をもって勧められる(…ついでに読むにはどちらもちと大部だが)。
 惜しいのは、これだけ長く話をひっぱてくれたのに、ラストとなる現代パートでの金塊発見で、どうも盛り上がりに欠けるように思えること。現代パートも部分部分では結構面白いのだが、話もキャラもクライマックスを飾るにはいまいち向かなかったかも。
 …で、タイトルインデックスでも「F&SF」に入れいているがSFだと思って読んでいたのか、と聞かれると笑ってごまかすしかなさそうだ(「いいやんか、面白かったらジャンルなんかは…」とか言いながら)。SFファンにウケそうな小説、ぐらいの表現ならそう外れてもいないだろう。

・栗本薫「グイン・サーガ86・運命の糸車」,ハヤカワ文庫,2002.8
 はい、第1部「辺境編」からのキャラクター、ついに一人脱落──もとより最近はだいぶ陰薄かったけど。リアルタイムで1巻から読んできたようなファンには、かなり感慨があっただろう。
 物語の進行としてはそっちは幕間劇のような感じで、前巻から続いているの物語の方では…グイン御大の人間離れ度(豹頭うんぬんを別にしても)が増している。いや、私はグインが気に入りキャラだからいいのだが…。こうまでイシュトヴァーンが子ども扱いされると何かかわいそうになってくるし、話としても面白みが減ってくる。もうグインのライバルキャラとしては竜王ヤンダル・ゾックとか魔王子アモンとかが出ているから、イシュトごときはその程度、ということなのだろうか(「その代わり、外伝で主役張らせてあげるから」なんて)。
 もっとも今更一冊一巻をとりあげてどうこう言ってもしょうがない域に達しているよな、良くも悪くも。

リデル・ハート「第一次世界大戦」(上下),中央公論新社,2000.12-2001.1
 そういえば第二次世界大戦…というか太平洋戦争(…というか大東亜戦争というか十五年戦争というか、まあなんでもいいが)に比べて、第一次世界大戦のことについてはちゃんと本を読んだこと無かったなあ、というわけで、職場の書架で一番最初に目に付いたものを借りてみた。1914年から18年までを一年一章単位で追った、スタンダードな体裁の通史である。各章の最初にその年の全体的な経過を概観し、その後その年に起こった攻勢、会戦などのトピックを詳述する形式で書かれており、なかなか分かりやすかった。各トピックの最後に、それについてのまとめをコラムにまとめてくれているのも良。ただ、分かりきったことまでわざわざ解説してくれている訳注は、ややうざったかった。
 また第一次世界大戦といえば、戦車、毒ガス、航空機が初めて実戦で用いられたことで有名だが、本書では戦車に比べて残り二つの扱いが極めて小さい。全体的な戦況に影響を与えた度合いにも比例しているのだろうが、それ以上に、著者自身が戦車戦理論の大家だからということもあるだろう。もう少し空戦のことなども書いてくれていると、なお良かったのだが…。
 読んでいて何度も痛感させられるのは、戦争の勝敗がが名将の采配で決せられるというのは、(少なくとも20世紀の戦争では)お話の世界のことでしかない…ということ。ここで採り上げられているほとんど全ての戦闘で、多くの指揮や判断が最前線を知らない司令部の誤認や、状況が急変してもはや役に立たなくなった情報を基にして下されている。第一次世界大戦の英雄とされる連合軍のフォッシュや、ドイツのルーデンドルフでさえ、その例外ではない。そしてその負債を払うのは、前線の中級指揮官や兵士たちというわけである(これについては20世紀に限らない)。


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