読後駄弁
2002年読後駄弁9月〜10月


・ロイス・マクマスター・ビジョルド「ミラー・ダンス」(上下),創元SF文庫,2002.7
 バラヤー帝国機密保安庁ヴォルコシガン中尉とデンダリィ傭兵艦隊司令官ネイスミス提督の二重生活をおくるおなじみマイルズ。だがヴォルコシガン中尉としてデンダリィ隊を留守にしている最中、彼のクローン・マークがマイルズを騙ってコマンド部隊を乗っ取ってしまった。マークが目指すのは自分が生まれたクローン育成施設。富豪たちのスペアとして育てられている自分の「同胞」を助け出そうというのである。しかし姿形は同じでもマイルズならぬ身、たちまちマークは苦境に陥る。あわてて後を追い、部下と「弟」を救出しおおせたマイルズだったが、自身は脱出の途中で狙撃され、ほとんど死と変わらない重傷を負い敵地で行方不明となってしまった。「もう一人のマイルズ」になれなかったマークは、デンダリィ隊やバラヤーの大貴族であるマイルズの(そして自分の)両親たちの協力をえて、マイルズの捜索と救出にあたることになった…。
 去年出た「天空の遺産」では、久々にマイルズの活躍は読めたもののデンダリィ隊をはじめシリーズのレギュラー陣があまり登場しなかったのが残念なところだった。しかし今回は一転してほとんどオールスターフル出場の話である。…そのかわり今度はマイルズが上にもあるとおり序盤で「死亡」して、後半かなりたつまで文字通りのお休み状態。彼のクローンであるマークが物語の主人公となる。
 シリーズ第2作「親愛なるクローン」で、バラヤー帝国を簒奪する陰謀の要として、マイルズに取って代わるべく作り出されたマーク。マイルズによって自由の身になった後も、彼はマイルズの影から逃れられず、結局最悪の結果を招いてしまう。そのどん底の状態から、マークがマークとしての自己を確立していくさまが何よりも一番の読みどころである。マークの心理的彷徨も彼に対するレギュラーもうまく描かれていて、シリーズ中出色の面白さといって間違いない。

・塚本青史「霍光」,徳間書店,2000.4
 名将霍去病の異母弟・霍光は、兄とは対照的に突出したところのない文官だが、武帝時代末期の政争・陰謀を切り抜け、着実に地歩を固めていた。やがて政権を握った彼は斜陽に向かう漢帝国で一大勢力を築いていく…。
 前から名前だけは知っていた人物だが、まさかこの人を主人公にした物語が出るとは思わなかった。確かに一時代を担った人物には違いないのだろうが、目を見張る大活躍があるわけじゃなし、時代的にも大激動があったわけでもないし…。
 まあ実際のところ彼が主人公というわけではなく、彼の視点を中心に時代全体を俯瞰するという感じである。前編の「霍去病」やその前の「呂后」を見てると、これが塚本青史作品の基本スタイルなのかも知れない。

・塚本青史「王莽」,講談社,2000.6
 前漢王朝の外戚に連なる出身でありながら、長く不遇の身であった王莽は、死病の床にあった家長への忠勤が認められ、ようやく出世の途にありついた。だがある夜、舅の豪商に誘われ、淫行にふける漢皇帝の乱行を目にしたことから皇帝、ひいては漢王朝に対する侮蔑の念を膨れ上がらせてゆく。やがて政治の実権を握った彼は露骨な人気取り政策で人身を掌握し、ついに王朝簒奪に至るのだが…。
 中華帝国最初の簒奪者として、後世の非難を一身に負う人物を主人公にした歴史小説。塚本青史の作品はタイトルになっている人物を中心にしながらも、その人物だけではなく彼の生きた時代全体を大きく扱っていくものが多いのだが、この「王莽」についてはその印象が比較的薄く、王莽の視点を中心にしたものになっている。登場人物も史書に名前が残るような武将や官僚ではなく、王莽と操り操られる関係の裏社会の面々がメイン。ちょっと史実とは離れているかもしれないのだが、その分物語としては面白味が増しているとも言える。
 王朝の簒奪者というといかにも悪の巨魁という感じなのだが、この話の王莽を見ていると、裏社会に関わってしまったばっかりに人生を狂わせられた秀才官僚の悲劇、という色が濃い。…ひょっとしたら外務省や大蔵省にも似たような話の現代版があるんじゃなかろうか。

・ジョージ・アレック・エフィンジャー「重力が衰えるとき」,ハヤカワ文庫,1989.9


・養老孟司「異見あり 〜脳から見た世紀末〜」,文春文庫,2002.6


・杉山正明「逆説のユーラシア史 〜モンゴルからのまなざし〜」,日本経済新聞社,2002.9


・清水義範 え・西原理恵子「どうころんでも社会科」,講談社文庫,2002.8


・ジャネット・L・アブー・ルゴド「ヨーロッパ覇権以前」(上下),岩波書店,2001.11


・麻生幾「宣戦布告」(上下),講談社文庫,2001.3


・デイヴィッド・ブリン「戦乱の大地(知性化の嵐2)」(上下),ハヤカワ文庫,2002.9


・佐藤雅彦・竹中平蔵「経済ってそういうことだったのか会議」,日経ビジネス人文庫,2002.9


・司馬遼太郎「功名ヶ辻」(全4巻),文春文庫,1976.3-4


・ロバート・J・ソウヤー「イリーガル・エイリアン」,ハヤカワ文庫,2002.10


・ジョージ・R・R・マーティン「フィーバードリーム」(上下),創元ノヴェルズ,1990.11
 荒くれものの老船長と謎めいた吸血鬼との、男の友情が熱い物語。登場人物の魅力に加えて、舞台となっている19世紀アメリカ・ミシシッピ川流域のリアルな描写や、吸血鬼をモンスターではなく別種の生物とした設定などもあって、非常に楽しめる物語になっている。
 二人の主人公コンビに対して、敵側の方もコンビになっているところも面白かった。友情とパートナーシップで結ばれたジョシュアとアブナー船長を正のコンビとするならば、不死の約束による主従関係(あるいは依存関係)で結ばれたジュリアンとサワー・ビリーは負のコンビと言えるだろう。種族の命運をかけた最後の対決は、異種族間に有り得たふたつの関係の戦いでもあった。この負のコンビについてもう少し話を膨らませてもよかったかという気はするが…そうなるとかなり話が陰々滅々としてくるので、やっぱりない方がいいか。
 緊迫する対決から一転、しんみりとした余韻の残るエピローグも良し。

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