読後駄弁
2003年読後駄弁1月〜2月


・古川日出男「アラビアの夜の種族」,角川書店,2001.12
 ナポレオンのエジプト侵略前夜。エジプトを治めるマムルーク有力者の一人、イスマーイール・ベイは腹心の奴隷アイユーブに新たに来る征服者を防ぐ手立てを尋ねた。アイユーブが答えて言うには、伝説の「災厄の書」を贈れば、征服者はその物語に囚われ姿を消すに違いない、と。すでに「災厄の書」は入手済みであるとのアイユーブの言葉に喜んだイスマーイールは、さっそくそのフランス語訳に着手することを命じた。
 だが実は、「災厄の書」はまだ書物として存在はしていなかった。アイユーブは語り部の女ズールムッドを招き、毎夜物語を語らせ、それを書記に筆写させる準備を整えていた。ズールムッドが語るのは強大な魔力を得た古代の王と彼が作った地下迷宮にまつわる、長い時代をまたにかけた物語。それはどのような結末を迎えるのか、そしてすべてが語られたとき、いったい何が起きるのか……。
 ズールムッドが語る「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」(またの名を「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」)と、その聞き手となるアイユーブらの物語、という入れ子構造、さらにそれ全体が英語版「Arabian Nightbreeds」を日本語訳したものである、という非常に巧緻なつくりをとっている。アラビア風俗を解説する訳注の演出など、なかなか堂に入ったもの。本当にタネ本が実在するんじゃないかと思ってしまったぐらいだ。
 「アーダムとジンニーアの物語」、狂気の王が作った地下迷宮の冒険譚というのは、なんか昔懐かしの「ウィザードリィ」みたいだと思っていたら、作者のデビュー作が本当に「ウィザードリィ」のノヴェライズだったりする。とはいえ別にゲームとは関係なしに非常に惹きこまれる物語で、続き知りたさに読む者を狂気に陥れる、という大風呂敷にも位負けしていない(これで物語がスカだったらシラけて読む気になれないところだ)。
 その物語が次第に上位の物語、アイユーブたちのいる物語に繋がっていく展開を予想しながら読んでいた。それはある意味当たっていたが、私が想像していたよりもずっと抽象的な繋がりかただった。ラストはやや狐につままれたような感なきにしもあらず。アイユーブの生い立ちについて、もっと話の始めの方から語られていてもよかったのではないかと。

・J・グレゴリイ・キイズ「錬金術師の魔砲」,ハヤカワ文庫,2002.11


・A・ベリー「アインシュタインと爆弾」,河出文庫,1991.5


・スティーヴン・バクスター「時間的無限大」,ハヤカワ文庫,1995.3


・ルーディ・ラッカー「ウェットウェア」,ハヤカワ文庫,1989.11


・司馬遼太郎「坂の上の雲」,文春文庫,1978.1-4


・スティーヴン・ヤング「本の虫 その生態と病理─絶滅から守るために」,アートン,2002.11


・瀬川千秋「闘蟋 中国のコオロギ文化」,大修館書店,2002.10


・スティーヴン・バクスター「プランク・ゼロ (ジーリー・クロニクル1)」,ハヤカワ文庫,2002.12


・スティーヴン・バクスター「真空ダイヤグラム (ジーリー・クロニクル2)」,ハヤカワ文庫,2003.1


・栗本薫「グイン・サーガ88・星の葬送」,ハヤカワ文庫,2003.2


・ウィリアム・シャトナー「新宇宙大作戦・暗黒皇帝カーク」(上下),ハヤカワ文庫,2003.1
 平行宇宙から侵略してきた「もう一人の自分」とカーク艦長の対決を描くエピソードその2。シャトナー名義のST本としては第4作になる。前3作は読むたびに「話は面白いけど、この期に及んでカークが活躍するというコンセプトがどうも…」と言い続けていたのだが、今回は…。
 話の方もいまひとつ面白くない。平行宇宙のカークとの対決がメインのはずなのに、その間に「謎の科学艦隊」など別要素を割り込ませすぎて、話の焦点がぼけてしまっている。話が拡散しているのとは反対に、キャラクターの見所はカーク艦長一人に集中してしまっているのも、カーク以外のキャラに愛着が深い私としては大きなマイナスである。
 次に刊行が予定されているエピソード完結編「Preserver」で、一発逆転のうまい着地を見せてくれることを期待したいのだが。

・マーティン・ガードナー「奇妙な論理」(1・2),ハヤカワ文庫,2003.1-2


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