読後駄弁
2003年読後駄弁3月〜4月


・池内恵「現代アラブの社会思想」,講談社現代新書,2002.1

 陰謀論、終末論へと向かうアラブ社会の風潮を解析したもの。
 日本で「現在の世界的問題はすべてユダヤの陰謀だ!」と言ったらただのトンデモ本だが、イスラム圏で同じようなことを言っていたらシャレにならない。「1ドル札にユダヤ陰謀の証拠が!」などほんとに武田了円ばりの書物が出回っているらしいが。

・土屋賢二「われ笑う、ゆえにわれあり」,文春文庫,1997.11
 「お笑い哲学者」を名乗る著者のエッセイ集。「禁煙」や「老化」、「洗濯」などについて、物事の前提のところでボケてみせるやり方は、たしかにちょっと哲学っぽい、ような気がする。たぶん。ただ、ちょっと笑わせようとする手が透けて見えて、ややくどいきらいもあった。
 面白かったのは「助手との対話」。教授会をサボろうとする著者と助手との「対話篇」である。…とんでもないソクラテスだ。まあ、本家も案外こんな調子だったかもしれないけど。

・エリック・ガルシア「さらば、愛しき鉤爪」,ヴィレッジブックス,2001.11
 相棒を亡くして自暴自棄のあまりクスリ漬けになっていた私立探偵・ヴィンセント・ルビオのもとに、1件の仕事が舞いこんだ。気の進まない仕事…だが、当座の食い扶持と借金返済のためには引き受けざるを得ない。いやいや取りかかった仕事は、実は相棒の死の真相につながるものだった。そればかりか、ルビオの属するコミュニティ全体を揺るがす大事件に──。
 一見どこにでもありそうなハードボイルド。しかしその実体は…って、もう十分有名だからもったいぶる必要もないか。ルビオをはじめとする大半のキャラクターは、人間社会に密かにまぎれ、文字通り人の皮をかぶって生活している恐竜である。
 読んでみれば、訳者あとがきの「大馬鹿である。」がこれ以上ないほどの賛辞であることがよく分かる。まったく、これほど真正面に愉快な馬鹿話をやられては降参するしかない。誰もいないと思っておさまりの悪い尻尾を直そうとした主人公が、人声を聞きつけて大慌てでそれを隠そうとするところなど、お約束ながら爆笑もの。あと、「例の大ヒットした恐竜映画」に文句をつけるところとか(しかも主人公はヴェロキラプトル)、恐竜にとってはハーブがドラッグがわりという設定だとか…。
 ラストの謎解きは、恐竜社会の設定をうまく生かした意外な展開、そしてエピローグは少しほのぼの。馬鹿だけで終わらないあたりも良かった。
 この本によるとアメリカ人の何人だかに一人は恐竜なんだそうだ。ひょっとしたらどこぞの大統領も、スーツの下に血の巡りの悪い肉食恐竜の尻尾を隠しているのかも…。

・小杉泰「ムハンマド」,山川出版社,2002.5
 「ムハンマドが本当に神の啓示を受けたのか?」という問いに対する、バランス感、距離感を保った態度に共感を覚える。イスラム教研究の入門としてだけでなく、一神教全般に対するスタンスとしても参考になるんじゃないだろうか。

・「SFJapan Vol.6」,徳間書店,2003.1
 読んだのは、特集の「翻訳の載らない翻訳SF特集」だけ。有名翻訳SFの題だけでイメージした作品を日本の作家が書くという趣向である。
 まずは企画の勝利だろう。「たったひとつの冴えたやりかた」を森奈津子が書いているという時点で、もう笑う構えができてしまう(そして内容がSM小説風とくるのでさらに爆笑)。元ネタの扱いは、内容を多少とも意識している(ただし雰囲気としては正反対)田中啓文「トリフィドの日」から、タイトルの印象だけで全く違う話を作った森岡浩之「光の王」、林譲二「重力の使命」まで、担当した作家によってさまざま。それぞれその人らしい作品に仕上がっていて楽しかった。
 ただ後半に掲載されている作品にはいまいちと思えるものも。秋口ぎぐる「リングワールド」は、リングはリングでも環状線列車で人々が一生をおくる社会が舞台。元ネタとしてはむしろクリストファー・プリースト「逆転世界」を連想させる設定で、それはそれで面白い。しかし肝心の物語のほうが絵に描いたような竜頭蛇尾なのはいただけない。短篇でなく長編ライトノベルだったら、あるいは結構いけたかもしれないと思えるだけに惜しかった。
 火浦功「2001年宇宙の旅」「火星のプリンセス」は、ギャグというよりサボリとしか思えなかった。

・小山修三「森と生きる 対立と共存の形」,山川出版社,2002.5
 オーストラリアのアボリジニ、カナダ、ドイツ、そして日本の奈良、それぞれの森林と人との関わり合いを比較。
 一見ただの因習にみえるアボリジニの火つけがオーストラリアの植生を保つ効果を持っていたことなどが示唆的。

・ルーシャス・シェパード「ジャガー・ハンター」,新潮文庫,1991.5
 中米、南米に対するアメリカ文化の侵入をテーマにした、メッセージ性の強い作品が主。その中では「80年代SF傑作選」にも収録されていた「竜のグリオールに絵を描いた男」は異色の部類?

・コニー・ウィリス「ドゥームズデイ・ブック」(上下),ハヤカワ文庫,2003.3
 再読。フィールドワーク先の14世紀で病に倒れた主人公キヴリンと、21世紀で彼女を助けようとするダンワージー教授のエピソードの二交代で進む物語だが、その上手さに改めて脱帽。不安な雰囲気からだんだんと悲劇的な展開へと加速していく14世紀サイドも、ドタバタ喜劇を交えながらパニックの度合いを増していく21世紀サイドも両方ながら良。
 それにしても、タイムトラベルが実現した後の歴史学とは、どんなものになるんだろうか。キヴリンらが行うような文化人類学のフィールドワークを重視する派と、従来通りの記録資料を重視して研究対象から一定の距離をおこうとする派が補いあい(あるいはそれ以上に対立しあい)ながら進歩するものになるのかも。

・デジタル著作権を考える会「デジタル著作権」,ソフトバンクパブリッシング,2002.12
 電子的著作物の著作権問題の現状や将来展望など。
 秦恒平「ネット時代の文藝活動と著作権」で図書館と公貸権について論じているところで「こちらが言いにくいことを言ってくれているなあ」といささか手前勝手な賛意をもってしまった。あんまり「デジタル」とは関係ないところなのだが。
 本は第4部「クリエイターからみた著作権」で終わっているが、この後に何か総括的な文章があっても良かったのでは。まだまだ現在進行形の問題が多すぎるので、総括は将来にというところか。


・栗本薫「グインサーガ89・夢魔の王子」,ハヤカワ文庫,2003.4
 やっとアルド・ナリスの喪も明けたようで、話が進みはじめた。この巻になって初登場というカラヴィア公アドロンのぼやきが、他のキャラの延々モノローグとはちょっと雰囲気が違っていて面白い。

・米田惇一「エスコート・エンジェル <プリンセス・プラスティック>」,ハヤカワ文庫,2001.11
 世界観の設定説明の間に主人公への襲撃が挟まるという感じ。とりあえずこれからの登場人物をひととおり出しておこう、というふうにも見えたが、これからシリーズものとして続きを読むことを考えれば、まあそれもいいか。というわけで、しばらくつき合ってみよう。

・J・M・ディラード「宇宙大作戦・ネメシスS.T.X」,ハヤカワ文庫,2003.3
 映画も見たので封印解除して読了。けど感想はネタバレ予防のためもう少し後で。

ヨースタイン・ゴルデル,クラウス・ハーゲルップ「ビッビ・ボッケンの不思議図書館」,NHK出版,2002.11
 「ソフィーの世界」著者が共作している児童書。この人、よくよく入れ子構造の話が好きなんだなあ。
 しかし12歳を対象とするにはちょっと内容が難しくないか?(それとも私が子どもの読解力を舐めている?)。それにぶっちゃければ大人の手のひらの上で子どもが踊らされてしまう話にも見えるところが、子どもには面白くなく思えるかも。
 大書誌学者のビッビ・ボッケンが子どもの書いたたわいもない詩をありがたがるのを見て、主人公のニルス少年が自分でさえ書く気になれば書ける程度のものも、この大人には書けなくなっているということに気づく、というシーンがある。このあたりビッビ・ボッケンと自分の姿が重なってしまってちょっと切なかった。

・宮城谷昌光「管仲」(上下),角川書店,2003.4
 宮城谷昌光の作品は、これぐらいの長さが一番面白く読める。「史記」の大宰相管仲が春秋の覇者桓公に使えるまでの「管鮑の交わり」をメインに描いたもの。この人独特の説教臭さはあるが、管仲と鮑叔それぞれの得失が表れていて、主人公一人が聖人の高みに上がってしまいがちな他の作品よりも鼻につかない。

・リチャード・フォーティ「生命40億年」,草思社,2003.3
 生命の発生から人類の誕生までの全体を扱っているが、人類より恐竜より、それ以前の古生代の生物についての記述が多くを占めている。三葉虫博士の面目躍如というところか。
 太古の生命誌だけでなく、それを研究した学者たちのエピソードを交えているところも面白かった。
 題名を見てつい昔あったゲーム「46億年物語」を思い出してしまった。あんまり関係ないが。

・中村喜和「武器を焼け 〜ロシアの平和主義者たちの軌跡〜」,山川出版社,2002.5
 19世紀末のロシア・カフカースで兵役を拒否し、すべての武器を焼き捨てたという宗派、ドゥホボールの歴史を追う。
 平和主義といってもキリスト教の思想に基づいたもので、私たちが一般にイメージし称揚するものとはかなり印象は異なる。手持ちのすべての武器を焼くという一見理想主義的な行動が、ドゥホボール同士の内部分裂を背景として持っていたというあたりは、理想と現実の差というべきか。「平和主義を無条件で賛美することも、その非をあげつらうことも、この本の目的ではない」という表紙カバーの文章をかみしめる。

・ファーマン&マルツバーグ編「究極のSF 〜13の回答〜」,創元推理文庫,1980.4
 13のSFジャンル・キーワードについて、それぞれの作家が「決定版」を書くというアンソロジー。
 作品の出来としての「究極」ではなく、委されたキーワードの「究極」形態がどんなものになるかを作品のテーマとしたアシモフ(ロボット・アンドロイドで「心にかけられたるもの」)とハーラン・エリスン(未来のセックスで「キャットマン」)は、非常に誠実なんだと思う。

・米田惇一「ホロウ・ボディ <プリンセス・プラスティック>」,ハヤカワ文庫,2002.7
 印象としては前作を呼んだときとほとんど同様(あまり時間をおかなかったせいもあるかも知れない)。これは物語よりは世界観の細部細部を楽しんだ方が正解だろうか…?沈思するシファの描写も前作よりさらにあっさりしているようだし。

・カール・シファキス「暗殺の事典」,青土社,1993.3
 古今東西の暗殺劇を収録した事典。…とはいえ、内容が西欧に偏るのは仕方のないことか(近代以降の中南米の項目も多かったが)。
 結局のところ、暗殺という手段によって歴史を変えることができるのか。そのようなことはできないと理想主義的に言い切りたいところだが、確信はもてない。サダト暗殺の項にある「大きな代替勢力がバックアップするかあるいはその行動によるフォローアップが伴わないかぎり、社会変革を実現する手段としての暗殺の効果には限度がある」というのが、とりあえず客観的な回答か。
 最後に、この本を譲ってくれた好古真之さんに感謝。

・米田惇一「フリー・フライヤー <プリンセス・プラスティック>」,ハヤカワ文庫,2003.3
 うーん、シファ&ミスフィの戦力が圧倒的すぎて、いまいち面白みが…。子ども空賊<ビビデバビデ団>のキャラクターはいいと思うのだが。

・塚本青史「項羽 〜騅逝かず〜」,集英社文庫,2003.4
 あえて項羽側のみの描写に終始した楚漢争覇。項羽の首を挙げることになる呂馬童が項羽の幼なじみだったり、年長の腹心となるのが季布だったりと、歴史上の人物の人間関係が上手く再構成されている。あと、始皇帝の死にまつわる謎や「蓬莱島」のカルト教団など、オカルテッィクな影が見え隠れしながら話が進むところも面白かった。

先頭に戻る
2003年1月〜2月の駄弁を読む  2003年5月〜6月の駄弁を読む
タイトルインデックスに戻る ALL F&SF 歴史・歴史小説 その他