読後駄弁
2003年読後駄弁5月〜6月


・石澤良昭,大村次郷写真「アンコールからのメッセージ」,山川出版,2002.5

 有名なアンコール・ワットを遺跡と、それを遺したアンコール王朝の歴史を豊富な写真を交えて紹介。
 アンコール王朝が「度重なる寺院建立で国力が疲弊し、滅亡した」とされていることへの反論が試みられている。私はこのへんの歴史には無知なので、いまいちピンとこないのだが。

・養老孟司「バカの壁」,新潮新書,2003.4
 ここしばらくの新書創刊ラッシュにはちょっとあきれてしまうが、これだけ数が出ていれば好みに合うものも当然ある。
 養老孟司の他の著書と比べてそう目新しいことは加わっていないと思うが、読みやすいという点では間違いなし。
 「個性を伸ばす教育」無用論については、現役の先生がどう思うのかも聞いてみたいところだ。

・中野美代子,武田雅哉編訳「世紀末中国のかわら版」,中公文庫,1999.3
 清末の中国で流行した絵入り新聞「点石斎画報」の魅力を紹介。古くからの伝奇(というかホラ)と西洋文物(のまた聞き)が入り交じり、真実のななめ上をいく独特の(としか言いようのない)世界が展開されている。
 日本や日本人も登場するが、日清戦争の前後とて、たいがいは悪役。

・機本真司「神様のパズル」,角川春樹事務所,2002.11
 グータラ学生が天才少女に関わったばっかりに、大学のゼミで「宇宙の作り方」を発表しなければならなくなる話。第三回小松左京賞受賞作。
 屈折した天才少女のキャラクターはややありがちか。最後で個人的心情の問題に行ってしまうことにも、話をそらされた感がある。とはいえ、こういうハッタリのきいた大仕掛けな話は大好きなので、基本的には楽しく読めた。

・アンリ・トロワイヤ「大帝ピョートル」,中公文庫,1987.5
 伝記を読むならベストに近いが、実際に仕えるならワーストに近いだろうロシア皇帝の一代記。「噴版・悪魔の事典」でなだいなだが「英雄=遠きにありて思うもの」と書いているが、その代表選手だろうなあ…。
 プロレスラー出身の代議士が目標として掲げるなら彼なんじゃないか、と思ったり。

・アンリ・トロワイヤ「女帝エカテリーナ」(上下),中公文庫,1985.10,11
 タテマエとホンネ、理想と現実、表と裏を最後までうまく使いわけた名君…というのが全体的な感想。啓蒙思想家と頻繁に文通し彼らを熱狂的なシンパにしながらも国内では農民叛乱を厳しく弾圧し、とっかえひっかえ愛人を重用しながらも人材登用で要を外すことはまずなかった。
 使われている史料は、エカテリーナの自伝や彼女の側近が書いた回顧録の類が多いようなので、そのへんちょっと加減して読む必要があるのだろうが。

・アンリ・トロワイヤ「アレクサンドル1世 〜ナポレオンを敗走させた男〜」,中央公論社,1982
 勇ましげな副題とは裏腹のアンチヒーローに終始したロシア皇帝・アレクサンドル1世の伝記。おそらく重度のアダルトチルドレンで、優柔不断で、矛盾に満ちたキャラクターの持ち主である。しかし「大帝ピョートル」「女帝エカテリーナ」と続けて読むと、この人が非常に身近で共感のもてる人物に思えてくるのだ、これが…。そりゃ、前のが人間離れしすぎているというのもあるけど。

・上田信「トラが語る中国史 〜エコロジカル・ヒストリーの可能性〜」,中央公論社,2002.7
 自ら歴史史料を残すことがない民衆を主人公にした歴史が可能なら、さらに史料で語られることの少ない動植物を主人公にした歴史叙述は可能か──ということで、中国におけるトラと人との関係を軸にした生態史がこれである。
 百年ほどまえ撃ち殺されて皮が祀られているトラが語り手という、この手の歴史書としては珍しいギミック。最初の方こそ書く方も読む方もぎごちなく、「やっぱり学者先生が慣れないことをやるもんじゃないなあ」と思ったりもしたが、読み進めるにつれてなじんでくる。

・塚本青史「光武帝」(上中下),講談社,2003.4,5
 ありそうでなかった後漢の創始者光武帝を主人公にした歴史小説、本邦初登場。
 漢帝の血筋を引く豪族・劉秀を中心に展開するパートと、民衆反乱「赤眉の乱」を起こす呂母、力子都ら中心のパートの二交代で物語が進む。歴史上の人物の描き方なら前者、ドラマという点では後者が面白いが、二つがあまりかみ合わないのが難点。
 注目できるところも多々あるけど、「霍去病」や「項羽」「王蒙」などと比べた場合、これが最高傑作ということにはならないんじゃないかなあ…。

・K・W・ジーター「ドクター・アダー」,ハヤカワ文庫,1990.12
 クライアントの倒錯した嗜好を読みとってそれに応じた人体改造を施すカリスマ医師、ドクター・アダーを中心とする、ロサンジェルス裏社会の抗争。
 全体的なストーリーの流れはともかくとして、シーンごとの描写のどぎつさが売りだろうか。かなり悪趣味だが…ここまで突き抜けているとかえって笑える。たとえば、返り討ちにあった殺し屋の死体が散乱するトイレで用を足す主人公など。
「LAに住んでいると、人間ががさつになる。」(本文より)
 いや、がさつとか、そういう問題じゃなくて…。

・水見稜「二重戦士のさだめ(回廊世界シリーズ)」,ハヤカワ文庫,1986.4
 超戦士の意志だけをもった少年サージと、肉体だけをもった獣人グラウラの冒険物語。  基本的にファンタジーだが、前半部、未完成の世界をサージが放浪するあたりに、ややSFの匂い。
 もともとはRPGとタイアップした企画だったということで、後半はそれっぽいエピソードになっている。最大の山場になるはずの、サージとグラウラが融合するところを、あまりにあっさり流しすぎているのが不満なところ。
 当初の企画通り後が続いていれば、前半部の世界の謎もきっちり閉じた形で描かれただろうが、次の第2巻からあとが続かなかったようだ。ちょっともったいないな。

・東浩紀編著「網状言論F改」,青土社,2003.1
 オタクを社会論からみる向きと、精神分析からむる向きとを中心に展開するシンポジウム。注釈なしでラカンの精神分析論などが持ち出されるあたりは手ごわいが、全体的にはまあ、感覚的に理解できる。
 それにしても自分はオタク論などを読んで、どうしたいんだろうね。よく捉えているなと感心したいのか、自分には当てはまらないなと安心したいのか。

・ローレンス・ノーフォーク「ジョン・ランプリエールの辞書」,東京創元社,2000.3
 ギリシア・ローマ古典の固有名詞辞典を編纂している若者(実在の人物らしいです)が、ギリシア神話に見立てた奇怪な殺人シーンに連続して遭遇する。その背後には彼の先祖も関わっていた、イギリス東インド会社の秘密が…。というのが話の骨組み。だが、それよりも骨組みに肉付けされた奇想や博学を楽しむものであるらしい、主人公の辞書に登場する語句をアルファベット順に使いながら、彼の心理描写をしてみせるなど技巧的なところも。読み過ごしてしまった仕掛けや蘊蓄もたくさんありそうだ(むしろそっちの方が多い?)。面白かったけど、手ごわい。手ごわいけど、面白かった。

・カート・ヴォネガット・ジュニア「猫のゆりかご」,ハヤカワ文庫,1979.7
 洋もののユーモアには何となく苦手意識があって、実はこの人の本を読むのは今回が初めて。…食わず嫌いせず、もっと早くに読めばよかった。素直に面白いじゃないか。
 語り手が「無害な非真実を生きるよすがとする」宗教・ボコノン教を奉じるにいたるまで、そして文明がばかばかしいほどあっけなく崩壊するまでの回想を、小エピソードを連ねて描いていく。各所にシニカルな名文句があって最後までニヤニヤしながら読んでいた。

・栗本薫「グイン・サーガ90・恐怖の霧」,ハヤカワ文庫,2003.6
 魔王子アモンの術策で、「グインのアキレス腱」ことシルヴィア久々の登場。…グイン・サーガにいろいろ文句はあるが、嫌なキャラを描くという点では栗本薫の腕はまだまだ確かなものだと思う。

・大塚英志「木島日記」,角川文庫,2003.3
 民俗学者・折口信夫はどこか不気味な無邪気さをもつ美少女美蘭にとりつかれ、やがて仮面の男・木島と出会う。歴史上「あってはならないもの」を仕分ける木島らの関わる事件に、折口は巻き込まれていく。
 連作短編集。最初の方にあった伝奇としてのおどろおどろしさが、後半いくぶん「折口博士と奇妙な仲間たち」調に変わっていっているような気もするのだが…。
 第二話「妣が国・常世へ」の、イディオ・サバンを使った並列コンピュータというのは面白かった。オチは少々ありがちと思うけど。

・杉本淑彦「ナポレオン伝説とパリ」,新潮文庫,2002.7
 ナポレオンの事跡そのものではなく、彼の死後、偶像「ナポレオン」が時の政権によっていかなるイメージを持たされ、利用されていったか。ナポレオン戦争の直後から二月革命勃発までを追う。
 「銀河英雄伝説」末尾の文は「伝説が終わり、歴史がはじまる」だったが、英雄に関しては彼の歴史が終わったときが、伝説のはじまりになるんだなあ。

・小野不由美「屍鬼」(1〜5),新潮文庫,2002.2,3
 これを読んでいるとき、だいぶ山奥の方にある町村に巡回に出ていたので、その風景をオーバーラップさせながら読んでいた(いや、その町村の方には失礼だと思うが…)。
 死から起きあがる「屍鬼」も被害者からしだいにもう一方の「鬼」に変じていく村の人々の描写も恐かったが、それ以上にこの物語でときに使われる「身内」という言葉が何よりも恐ろしく感じる。
 つけたしておくと、作者が「十二国記」の人だけあって、中高生ぐらいの少年少女の描写が巧いと感じられた。
 もう一つつけ足しておくと、読み終わって「ロリコン坊主?」とかつぶやいてしまうと、せっかくの読後感がだいなしである。

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