読後駄弁
2003年読後駄弁9月〜10月


・小川一水「第六大陸」(1・2),ハヤカワ文庫,2003.6,8

 読んでいてワクワクしてくるような感覚は久々に味わったような気がする。
 主人公の技術者青峰走也の勤める総合建設に、レジャー施設で巨万の富を築いた大富豪・桃園寺が月に恒久施設を建設する大プロジェクトを依頼してくる。発案者は──富豪の孫娘である13歳の少女・妙。月に建設されるその施設「第六大陸」を、民間企業が限られた期間と資金でいかに築いていくか、そして走也と妙が月で目にするものは──。
 まずは主人公が宇宙開発畑ではなく建設業者だというところがミソ。月施設の基礎工事に使うコンクリートをどこでどうやって調達するかとか、月での作業を担うAI搭載の全自動ブルドーザー「マルチブル」など、他では見られない技術的な描写が非常に楽しい。また莫大な金額になるはずの月への資材打ち上げを、驚くほど安価にしてしまうロケットの新技術なども、あとがきによると数字のケタをいじったらしいが、それでも十分すぎるリアリティを感じさせてくれる。サイエンス・フィクションというより、テクノロジー・フィクションの方があってるんじゃないだろうか。
 それらの技術を動かす登場人物や物語の方は…同じぐらいリアリティのある人間描写とはちょっと言えないが、平板でもなく、かといって鬱陶しい愛憎の描写でうんざりさせることもなく、適度に話を盛り上げてくれている。
 ラストの展開でそれまで「プロジェクトX」だったノリが、やや「楽園の泉」っぽくなるのだが、私としては「プロジェクトX」で通してくれてもよかったかな…と。

・小川一水「導きの星」(123),ハルキ文庫,2002.1-2003.2
 新米C・O(外文明観察官)辻本司は惑星オセアノに着任した。これから彼は3人のパーパソイド…補佐役の人工知性とともに、ここで発達しつつある知的生物スワリスたちの文明育成を密かに指導していく…はずだったが、パーパソイドのポカで探索艇が墜落、成り行きまかせでスワリスとのファーストコンタクトに臨む羽目に。果たして司は無事任務を遂行できるのか、そして司らの干渉で急激な「文明化」を歩みだすスワリスたちの運命は。
 と、ゲームの「ポピュラス」か「シヴィライゼーション」を思わせる(…分からんか、古いゲームだし)設定の連作もの。金属器の発明、外洋への航海、宗教戦争…といつか来た道を思わせるスワリスたちの物語もさることながら、その背景にある主人公司の過去、パーパソイドの隠された目的、そして異星生命の文明化を促す一方で自身は停滞期に陥っている人類そのものの将来など、なかなか読ませる要素が多く盛り込まれている。
 正直、1巻、2巻あたりは「面白いけど、まあこんなもんか」という感想だったのだが、それまで背景にとどまっていた上の要素が急展開をみせる3巻が非常に面白い。こうなると続きが待ち遠しいのだが…?

・スタニスワフ・レム「エデン」,ハヤカワ文庫,1987.11
 6人の科学者を乗せた宇宙船が惑星エデンに不時着。そこで彼らが見たものは理解を絶する異質さを備えた生体工場と、やはり理解を絶する複体生物エデン人であった。科学者たちは宇宙船を修理するかたわら、エデンの探索を開始するのだが…。
 「ソラリスの陽のもとに」「砂漠の惑星」とで三部作を構成する。全体的な雰囲気は「ソラリス」からロマンス要素をさっ引いたような感じで、異星人・文明との交流の可能性(というか不可能性)というテーマ一点に絞りきった作品。地球人の登場人物でさえ、個人名をほとんど出さず「コーディネーター」「ドクター」「化学者」「技師」「物理学者」「サイバネティシスト」と属性のみで通すという徹底ぶりである。
 もっとも終盤でエデン人と地球人の接触がどうにかもたれているあたり、ソラリスの「海」よりは交流の可能性が期待できそうな様子ではあるが…。

・白川静「孔子伝」,中公文庫,1991.2
 「聖人」としての伝説や後世の恣意的な粉飾をできるだけ排して、その実像に迫ろうとした孔子伝。いまや定番の名著だろう。
 「怪力乱神を語らず」とした孔子の出自を呪術的な巫祝階層に求めたり、孟子・荀子よりも孔子の晩年の思想を色濃く継いでいるのは荘子であるとするところなどが目を引く。
 しかしそれ以上に強く印象に残ったのが、孔子が奴隷解放者だったとする郭沫若の論を批判したくだりにあるこの文章。
「歴史研究が、今日の課題から出発することはもとより尊重すべき態度であるが、それは歴史的なものを、今日に奉仕させるという方向であってはならない。それは歴史をけがし、個人を冒涜するものであると言えよう」
 歴史を研究する人間はもちろん、著作を鑑賞するだけの人間(私のような)も忘れてはならないことではないだろうか。

・小林泰三「目を擦る女」,ハヤカワ文庫,2003.9
 表題作のようなホラーから、去年出たJコレクション「海を見る人」に収められていそうなハードSF、新本格ミステリのパロディまで、作者の芸風の広さが窺える短編集。
 トリを飾っている「予め決定されている明日」に大ウケしてしまった。解説によるとイーガン「順列都市」のオマージュ兼挑戦とのこと。確かに計算機であることは同じなんだから、コンピュータに仮想空間が作れるなら、ソロバンにだってできる…のか?

・小島英記「宰相リシュリュー」,講談社,2003.6
 序章に「現代政治家の衰弱という現実を前に、権力のデーモンと取引した宰相の条件をを描いていこうと思う」とあるので現代政治との強引な類推に陥っていないかと心配したのだが、全くそういうことはなく、当時の状況をうまく説明してくれている。
 リシュリューは中江兆民がビスマルクや諸葛孔明と並べて「大政治家」と評しているが、王との愛憎半ばした関係や、後世の物語で悪名を蒙っているあたり、孔明よりは曹操と並べたほうが合っているのではないかと思う。
 この伝記を見る限りリシュリューは理知が勝つ方面では辣腕だが、他人の感情に訴えるウェットな政略などは不得手だったように窺える。現代政治との類推を言うなら、こういう人は今の政治では得がたい人材であるにもかかわらず、選挙その他では不利を強いられるんじゃないだろうか。

・テッド・チャン「あなたの人生の物語」,ハヤカワ文庫,2003.9
 SFマガジンをあまり読まないので、「90年代SF傑作選」に収録されていた「理解」を除いては、まったくの初読。「理解」を最初に読んだときは、ラストの対決シーンでついB級ホラー「スキャナーズ」を連想してしてしまったのだが…今回2度目もやはり同じ印象が(だって相手の血圧を自由に上げられるなら、映画のように脳みそ破裂させることもできそうな気がするし)。
 表題作「あなたの人生の物語」は噂に違わず傑作。ファーストコンタクト場面の間に挟まれる、母親から娘への語りかけの「あなたは〜するでしょう」という文体そのものに鍵があったとは。この作品に登場するヘプタポッドの文字というのは、漢字のような表意文字の究極的発展型と捉えれば、少しはイメージしやすいような気がするのだが、どうだろうか。
 他のレビューではあまり触れられていないようだが「七十二文字」も私には気に入った作品。「ゴーレムの創造+前生説」、現実では荒唐無稽とされるこの二つが合体させて「=遺伝子説」としてしまうアイディアに快い驚きを覚えた。
 あと、「顔の美醜について──ドキュメンタリー──」も清水義範の短編っぽいノリで好きなのだが、こっちはオチがつかないのがやや残念。

・村松剛「醒めた炎 木戸孝允」(1〜4),中公文庫,1990.7-1991.10
 維新三傑の一、桂小五郎−木戸孝允の伝記。彼の周辺のみならず、時代全体を広く見渡した重厚なもの。
 私の幕末・維新イメージは司馬遼太郎作品でかなりの部分固定されてしまっているので、それ以外の著者の作品を読むと、たいてい新鮮に感じられる。桂小五郎にしても「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」あたりの、線が細くて愚痴っぽいイメージだったのだが、この「醒めた炎」によると大柄で堂々とした風格をもった人だったらしい。愚痴っぽいのは、どうもその通りだったようだが…。新政府に参加した人々の中で最も多くの同志を喪った身としては、その成果たる新政府に対し言いたいことが多く出てくるのも当然だろう。彼の言動の端々には「生き残ってしまった者の重荷」が覗いているように感じられる。
 本書前半、幕末の「桂小五郎」の活躍を見るのもいいが、後半部で維新を迎えた後の「木戸孝允」としての行動を追うのもまた一興。とくに大久保利通との関係が読みどころだろう。政治思想家・木戸と政略家・大久保が多くの点で意見を異にしながら、土壇場では常に共同歩調をとることになるのが面白い。少なくとも木戸の側にとってはかなりストレスが溜まることのようだったので、面白がってばかりいるのも気の毒かも知れないが…。

・栗本薫「グイン・サーガ92 復活の朝」,ハヤカワ文庫,2003.10
なんだかんだで長かったようなパロ内乱顛末もそろそろラストの様子。けどまた主人公が外伝にいってしまいそうだ。
ちらと思ったのだが、このところ話をつなぐのに
1・とりあえずグイン御大を放浪の旅に出す。
2・とりあえずナリスに死んだふりをさせる。
3・とりあえずイシュトヴァーンを不幸な目に遭わせる。
で乗り切ろうとしてなかったか?2はもう使えないのだが。

・ベルナール・ウェルベル「蟻」「蟻の時代」「蟻の革命」,角川文庫,2003.6-9
 人間が現れるはるか以前に文明を築き上げていた蟻と、その蟻を研究した科学者エドモン・ウェルズが遺した「相対的かつ絶対的知の百科事典」をめぐる物語三部作。
 三部作といっても第一・二部と第三部では楽しめるポイントはだいぶ違う。第一部では戦車や化学兵器まで登場する蟻どうしの戦争というバカSF的な面とともに、主人公格の蟻さえあっさりと殺されてしまう蟻文明の異質さを見る面白さがある。そのラストで「指」…人間の全体像を認識できない蟻は人間をそう表現する…の存在を知った蟻たちが十字軍を編成する第二部「蟻の時代」もおおむね似たような感じだ。蟻の物語の一方でエドモン・ウェルズの残した謎を追う人間たちの物語が併走しているのだが、蟻サイドに較べるといまいち印象が薄い。
 ところが第三部「蟻の革命」では、蟻サイドは前作で人間の文明を知るに至った蟻・103683号が主人公。人間文明に影響を受けたという設定のせいか、蟻としての異質さがいまいち薄れてしまっている。人間サイドは「相対的かつ絶対的知の百科事典」第3巻を手に入れた少女ジュリーが仲間とともに学校を占拠してユートピア「蟻の革命」を達成しようとする物語。話の流れがかなり楽観的かつご都合的な気はするが、ジュリーの成長物語として結構面白く読めるものとなっている。
 ハードカバー版では「蟻」「蟻の時代」は刊行されたが「蟻の革命」はついに出なかったとのこと。話の性格の違いからそうなったというわけではないだろうが、ハードカバーで出た前ふたつと文庫オンリーの第三部は別物に考えた方がそれぞれを楽しく読めそうだ。

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