読後駄弁
2003年読後駄弁11月〜12月


・デイヴィッド・ブリン「星海の楽園」(上下),ハヤカワ文庫,2003.10
 六種族が不法居住する惑星ジージョから、人類とイルカが乗り組む探査船<ストリーカー>は辛くも脱出に成功する。だが彼らを追う列強種族ジョファーの巨大戦艦は執拗な追跡を諦めない。追跡をかわすうち、<ストリーカー>は銀河全体の秩序を一変させる大混乱の中心へと巻き込まれていく…。
 新「知性化」三部作、完結編。…というより読み終わってみればストリーカーの旅完結編、という感が強い。「スタータイド・ライジング」以来の長い旅に、一応の区切りが付けられたのは、前々からの読者としては感慨深いものがある。しかし新シリーズだけを視野に入れた場合、やや物足りなさを感じてしまうのも確か。第一部、第二部で物語の中心になっていた、アルヴィンたちジージョの面々が、どうも話の傍流に追いやられてしまったように思えてならない
 まあそれはそれとして、このシリーズには独創的な、というか冗談のようなギミックが毎回登場するのが楽しみの一つなのだが、今回はチンパンジーのハリーが勤務する<Eレベル超空間>がバカバカしくていい。意識と現実の境があいまいになって、概念が現実に形をもってしまう超空間らしいのだが…まさかバナナの皮ですべって転ぶ宇宙ステーションが出てくるとは思わなかった。全体にシリアスな話の中で、序盤に出てくるこのくだりは浮いてしまっているだが。
 これに限らず、どうもアイディアを詰め込みすぎてしまっている感もあるなあ…。とりあえず新ネタもたくさんあるし、残された謎も多いので、次のシリーズにも期待したい。

・梅原郁「皇帝政治と中国」,白帝社,2003.11
 「これまで誰もが踏みこみ得なかった皇帝政治という視座から中国史の本質に迫り、…」という紹介文からイメージするほどには、斬新な内容ではないように思えた。ことさら唯物史観やその時代区分を引き合いに出して、それをもって中国史を語ることが古い考えだと主張するのは、それ自体がすでに古いことなんじゃないだろうか。
 著者の専門である法制・制度史に関わる部分はさすがに面白く読めたのだが。

・水沢周「青木周蔵 〜日本をプロシャにしたかった男〜」(上中下),中公文庫,1997.5-7
 明治初期の外交官で列強との条約改正交渉などで活躍した青木周蔵の伝記。彼の自伝をはじめとした多くの史料から再構成した本格的なものだが、作者の想像も交えて小説風に書いている部分も多く読みやすい。
 この青木周蔵という人物、有能なことは間違いないが、どうも有司専制の下で最も能力を発揮できるタイプのようで、今の外交官(に限らず官僚全般)にはあまり模範にしてほしい人物ではない。…読む分には、こういう時代の流れと個人のパーソナリティとが直結した話は非常に面白いのだが。
 ちなみに、以前ペルー大使館人質事件でゲリラの人質になった青木元大使は、周蔵の曾孫にあたるらしい。いい悪いは一概に言えないのだろうけど、なんだかな。

・オースン・スコット・カード「シャドウ・オブ・ヘゲモン」(上下),ハヤカワ文庫,2003.11
カード駄弁にて。

・小川一水「導きの星4」,ハルキ文庫,2003.11
 1巻、2巻で一惑星の文明育成の話だったものが3巻から見事に大転換、完結編となるこの4巻では人類を含めた星間文明の運命を賭けた大戦争へ…。物語を一気に膨らませながらも最後でしっかり話をまとめてあるので、非常に気分よく読めた。
 ただ、話をまとめるにあたっての展開が駆け足すぎるのが残念。これなら無理に4巻で終わりにせず、あと1、2巻分書いて欲しかった。オセアノ文明と対立する異星文明セントールには、オセアノ並にキャラクターを配したエピソードがあってもいいと思うし、ラストでスーパー化してしまう主人公・司についてもそうなるまでの途中経過について描写が欲しいところだ。
 とくに司については、心中に重度のトラウマを抱えているうえ、3巻ではヒロインのアルテミィとかなり深刻な破局を迎えているのだが、その辺の葛藤はあっさり流してしまっている。「第六大陸」でも思ったのだが、作者は登場人物の人間関係についてシリアスな設定をつける割には、そこに深入りしたがらないように見受けられる。読んでて楽だし、もともと人間関係云々がメインになる話ではないのだから、これはこれでいいのだろうが…。
 シリーズ全体については、異星文明の育成や超越的な異星文明の登場などから、ブリンの「知性化シリーズ」を連想した。異星人やその文明についてのアイディアの豊富さ・奇抜さでは「知性化シリーズ」に譲るが、「異星文明」そのものについて考えるときの真摯さについては「導きの星」が勝っているように感じられた。


・イタロ・カルヴィーノ「柔らかい月」,河出文庫,2003.9
 3部構成のうち第1部「柔らかい月」は「レ・コスミコミケ」同様の、Qfwfq語るホラ話。「レ・コスミコミケ」の訳の「わしが〜じゃった頃…」が話によくはまっていたので、こっちの訳の「私が〜」にはやや違和感を感じた。もっとも2部、3部の雰囲気を考えるとこれはこれで正解なんだろう。
 面白かったのは第2部「プリシッラ」。まさか1個の細胞を語り手に細胞分裂の一部始終を描いてみせるとは。途中意味がよく分からないところがあったのだが、その突拍子のなさに牽引されて最後まで読み切った。
 第3部は「ティ・ゼロ」は、あるシチュエーションの一つの瞬間だけをとりあげてそれを論理的に描写していくもの(…らしい)が、第1部から連続で読んだせいか饒舌さに疲れてしまって、いまいち楽しめなかった。時間をあけて再トライしてみるか。

・伴野朗「呉・三国志 〜長江燃ゆ〜」(全10巻),集英社文庫,2003.2-12
 タイトル通り、呉を中心にした三国志物語。
 手堅い部分と奔放な部分がはっきり分かれた作品である。まず物語全体の流れにはとくに奇を衒ったところはない。赤壁までの話を第4巻の前半部まででやや駆け足に済ませてしまい、その後の荊州争奪戦の方を詳細に描いているというのはちょっと珍しいが、「呉」三国志としてはそれで正解だろう(孫策や周瑜のファンには不評かもしれないが…)。また史書に登場する人物については正史「三国志」をふんだんに(丸写ししすぎではないかと思うほど)引用し、描写の核としている。以上、手堅い部分。
 奔放というのは、三国の情報戦担当としてそれぞれオリジナルの人物を登場させ、大活躍させているところ。呉の「浙江耳」頭領・孫堅の庶子孫朗は物語全体の主人公と言って間違いない。彼と魏の密偵・暗殺集団「青州眼」、諸葛孔明の私設情報機関「臥竜耳」との暗闘が、中盤以降の物語の軸になっている。発想は面白いと思うのだが……大活躍が高じて最後には怪しげな超能力一族との戦いになってしまうあたりが苦笑ものである。なまじベースが堅実なだけに、どうも底の浅さを感じてしまった。

・塩野七生「ローマ人の物語12・迷走する帝国」,新潮社,2003.12
 誰もが全盛期と認める五賢帝時代と、専制的な後期ローマ帝国を樹立したディオクレティアヌス帝時代に挟まれて、軍人皇帝時代のローマ帝国は、混乱・迷走の時代として片づけられてしまう。半世紀の間に26人もの皇帝が乱立し、そのうち天寿を全うしたのは2人だけ、外敵の侵入あり、遠征の失敗あり、反乱・陰謀にも事欠かない…とくればその評価も当然ではある。
 しかし、この巻のように1冊かけて各皇帝の事跡を追っていくと、その奮闘ぶりには「混乱」のひと言で済ませられないものがある。最初の軍人皇帝マクシミヌス・トラクス(紹介されているエピソードをみると、軍人皇帝というより「軍曹皇帝」の方が当たっているような気もするが)から最後のカリヌスまで、それぞれ目の前の難題に必死で取り組みはしたのだ。しかし…そういった奮闘を読んでいて、畏敬の念ではなく涙ぐましさに近いものを感じてしまうあたりが、彼らと彼らの時代に生きたローマ人の不幸の一端を表しているようにも思える。

・ダン・シモンズ「夜更けのエントロピー」,河出書房新社,2003.11
 ダン・シモンズといえば「ハイペリオン」4部作という先入観があるので、この短編集にも一つぐらいストレートなSFがあるかと思ったが、そっち方面の作品はなし(ストレートなのがないというだけ。SFがないというわけではない)。この人と言えば「殺戮のチェスゲーム」、という人にはほとんどその点のあてはずれは感じられないだろう…吸血鬼もの多いし。
 おおかたの評判どおり、表題作の「夜更けのエントロピー」と「最後のクラス写真」が良かった。どっちもラストは感動的なほうにもっていっているのだが、私にはこれ、基本的には笑う話だと感じられた。「夜更けのエントロピー」主人公の保険屋が回想する珍妙な交通事故の数々や、「最後のクラス写真」の授業風景など、電車内で読んでいて笑いをこらえきれなかったものだが。
 次点で「ドラキュラの子供たち」。チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアを訪れた欧米の調査団が目にした地獄絵図は…という作品である。こちらはこちらであまりに悲惨な状況の描写が痙攣じみた笑いを引き起こしてしまうのだが、ルーマニア人自身が読んだら激怒することだろう。…いや、激怒してもらいたいものだ。ちょっとでも頷かれてしまったら、その方が恐い。

・森岡浩之「星界の戦旗」(1〜3),ハヤカワ文庫,1996.12-2001.3
 なんで今頃読んでるんだ、と言われそうだ。「星界の紋章」が当たりだったので、「戦旗」も3巻揃ったら読もうとは思っていたのだが…揃うのにあまりにも時間がかかったので熱が冷めてそれきりになっていた。実際読んでみると、べつに3冊まとめて読む必要はなかったなあ、とやや後悔。各巻それぞれで一応の区切りはついているので、刊行してすぐ読んだ方が、前作の記憶が濃いぶん楽しめただろう。
 どの巻も話はまずまずの面白さで、前作で魅力だったキャラクターの掛け合いも引き継がれている(とくに三組の艦隊司令−参謀コンビで)。ただ肝心の主人公コンビ、ジントとラフィールの関係に危なげがなさすぎて、いまいち話が盛り上がらない感も。
 それと、3冊続けて読んだ私はたいして感じなかったところだが、2巻刊行から2年半開いたことを考えると、3巻であまり話が前に進んでいないことは大きな不満点に挙げられるのではないだろうか。次の展開に備えて「紋章」で残った問題の後片づけ…と思えばそう悪くはないが、続きが出る様子がないのではあまり意味がない。…もうかなり前に旬は過ぎたかな。

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